第四十七話:魔力枯渇の夜、添い寝の兵站
第四十七話:魔力枯渇の夜、添い寝の兵站
『粘液の穴』の探索開始から数日が経過した。
二十四時間体制で稼働し続ける「精製ライン」と、絶え間ない「資源回収」。その過酷な運用は、不沈の軍人といえど無視できない物理的な限界を招いていた。
「……うっ…限界値に到達したようです。魔力残量、五パーセントを切りました」
サキモリは岩壁に背を預け、網膜に表示される警告メッセージを淡々と読み上げた。
隣では、ルミナが杖を支えにフラフラと足元を揺らしている。
数百年の英知を誇るエルフの魔導士であっても、身体能力やスタミナは小柄な少女のそれである。
数千匹単位のスライムを分子レベルで精製し続ける集中力と体力消費には脳と体が耐えきれなかった。
「……おじさん、もう……無理。指一本、動かしたくない……」
ルミナはそう呟くと、糸が切れた人形のようにサキモリの膝へと崩れ落ちた。
「休息は軍事行動の延長です。キャンプを設営しましょう。アリサ殿、エレン殿。周囲の警戒と設営をお願いします」
「承知した。サキモリ殿、貴殿も少しは脳を休めることだ」
アリサが手際よく焚き火を興し、エレンが素早く魔力糸の結界を周囲に張り巡らせる。
夜が深まり、焚き火の爆ぜる音だけが響く静寂。
サキモリは座ったまま、インベントリに蓄積された資源の整理を行っていたが、魔力枯渇による脳の熱は下がりきらない。
「……んん……おじさん……供給、足りない……」
寝ぼけ眼のルミナが、サキモリの腰のあたりを探るように這い上がってきた。
彼女は無意識のうちに、最も魔力効率の良い接触方法を選んでいる。
サキモリの背中に回り込み、小さな体でしがみつくようにして、自身の魔力を直接サキモリの経路へと流し込み始めた。
「……ありがとうございます、ルミナ先生。助かります」
サキモリは至極真面目に礼を言った。
彼にとって、これは故障した機械を外部電源に繋いで再起動させるような、極めて合理的な「給油」作業に過ぎない。
だが、その光景を離れた場所で見守っていたエレンの瞳には、尋常ならざる熱が宿っていた。
「……サキモリ様」
エレンが音もなく近づき、サキモリの目の前に跪いた。
その顔は火照り、鼻息は荒い。
「……私も、サキモリ様に魔力を……。ルミナ殿だけではなく、私の魔力も、全てサキモリ様の中に流し込んでいただきたいのです。さあ、どうぞ。遠慮なく私を使ってください……!」
エレンが差し出した手は微かに震え、その視線はサキモリを捕らえて離さない。
だが、サキモリは穏やかな表情を一切崩さず、静かにエレンの頭へ手を置いた。
「……いいえ、エレン殿。貴女は既にこの数日間、一キロ先の素材を見分けるために神経を研ぎ澄ませ、多大な魔力を消費しています。これ以上の供給は、貴女という索敵ユニットの再起不能を招く恐れがある。休んでください」
「で、ですが……私の方が、もっとお役に立てるはずです! ルミナ殿のように抱きつけば、もっと効率よく……!」
「エレン殿。これは命令ではありませんが、管理権を預かる私からの『要請』です。貴女の健康状態を維持することこそが、次なる戦略目標の達成には不可欠なのです。……おやすみなさい、エレン殿」
サキモリは迷いのない、鋼のような「優しさ」でエレンを断固として寝床へと促した。
サキモリの精神構造は、十歳から二十年に及ぶ戦火の中で完成されている。
彼にとって、他者との接触や温もりは「機能の維持」や「資源の移動」という言葉でしか定義されない。
エレンが抱く執着や、そこに含まれるはずの「情愛」という概念は、彼の脳内辞書には存在しなかった。
「……ああ、サキモリ様……その冷徹なまでの気遣い……。愛されて、いるのですね……私……」
エレンは恍惚とした表情で毛布にくるまり、サキモリに見守られながら深い眠りに落ちていった。
「……全く。色恋沙汰に疎いにも程があるが、それが功を奏することもあるんだな」
アリサが焚き火を囲いながら、呆れたように、しかし少しだけ誇らしげに呟いた。
「……アリサ殿、何か仰いましたか?」
「いや、独り言だ。……夜明けまで私が守る。サキモリ殿、貴殿もその『燃料補給』を終えたら目を閉じるんだな」
「了解しました」
サキモリは、背中にしがみついたまま眠るルミナを抱え直し、翌日の進軍ルートを頭の中で構築しながら、静かに意識の深度を下げていった。
第四十七話:完




