第四十六話:資源独占、初心者冒険者との邂逅
第四十六話:資源独占、初心者冒険者との邂逅
『粘液の穴』の中層域。そこは本来、駆け出しの冒険者たちが初めて剣を振るい、スライム相手に悪戦苦闘しながらレベルを上げる「登竜門」のはずだった。
だが、現在のその場所には、冒険の情緒など欠片も存在しなかった。
「……第百二十二区画、完了。資源の取りこぼしはありません」
サキモリが静かに告げると同時に、空間を埋め尽くしていたスライムたちが、ルミナの精製ラインを経由して瞬時に「琥珀色の液体」へと変換され、インベントリへ吸い込まれていく。
サキモリたちの通り過ぎた後には、埃ひとつ、粘液一滴すら残らない。まさに「資源の根こそぎ回収」であった。
そんな静寂のダンジョンに、場違いなほど元気な足音と話し声が近づいてきた。
「よーし、今日こそレベルを二つ上げて、新しい鉄の剣を買うぞ!」
「あはは、欲張りなんだから。でも、ここのスライムなら私たちでも安全に倒せるもんね」
現れたのは、装備も真新しい三人組の新人冒険者パーティだった。
リーダー格の少年が意気揚々と剣を抜く。
だが、彼らが目にしたのは、目標としていたスライムの姿ではなく、無機質なまでに整然と歩を進める四人の集団だった。
「……あれ? スライムは? 一匹もいないぞ?」
少年が呆然と周囲を見渡す。
そこにあるのは、清掃でも入ったかのように磨き上げられた岩肌だけだ。
「……あ、あの……すみません」
困惑する少年に、サキモリが足を止め、穏やかな笑みを浮かべて声をかけた。
「……何かお困りですか?」
「いや、お困りというか……スライムを倒しに来たんですけど、影も形もなくて。誰か、他のパーティが大量に狩った後なんですかね?」
サキモリは少しだけ申し訳なさそうに、しかし至極論理的な回答を返した。
「……いえ。私たちが、この階層の個体をすべて『資源』として回収しました。戦略的備蓄のために資源の有効活用を行っている最中です。……あいにくですが、この区画の再生産にはしばらく時間がかかるかと思われます」
「……回収? ……全部?」
新人の少年は、サキモリの言っている意味が理解できず、口を半開きにして固まった。
後ろにいるアリサが「済まないな」と言いたげに肩をすくめ、ルミナは「運が悪かったわね、坊やたち」と冷や汗を流しながら苦笑いしている。
「スライムがいないんじゃ、僕たちの食い扶持が……。せっかくここまで歩いてきたのに……」
肩を落とす少年たちを見て、サキモリは自身のインベントリに目をやった。
「……狩り場を独占してしまったのは、こちらの都合です。その補償として、これを差し上げましょう」
サキモリが差し出したのは、先ほどルミナが精製した「特級原油」を贅沢に使い、サキモリが丹念に調合した琥珀色の小瓶だった。
「え、これ……ポーション? くれるの?」
「……はい。試作品ではありますが、止血や治癒には十分な性能があります。初心者の皆様なら、いざという時の助けになるでしょう。……では、失礼します。私たちはさらなる『油田』へ向かわねばなりませんので」
サキモリは丁寧に一礼すると、再び「作業」に戻るべく奥へと消えていった。
残された新人三人は、手渡された小瓶をまじまじと見つめた。
「なんだよこれ、すごく綺麗だな。……ちょっと鑑定してみるか?」
パーティの魔導士の少女が、半信半疑で鑑定の魔法をかける。
次の瞬間、彼女の顔から血の気が引いた。
「……え、ちょっと……嘘でしょ? なにこれ……!?」
「どうしたんだよ? ただのポーションだろ?」
「ただのポーションなわけないわよ! これ、『中級回復薬・極上品』。説明には……『外科手術不要、腕の一本くらいなら欠損しても接合可能』って書いてあるわ! 価値は……安く見積もっても金貨十枚!!」
「「…………はぁ!?」」
新人冒険者の常識が崩壊した。
彼らが装備している武器、盾、兜をすべて一揃い揃えて、ようやく金貨一枚。
店で売っている一番安い初心者用ポーションは、千本集めてようやく金貨一枚の価値だ。
そんな彼らが、今、手の中に持っているのは、一生遊んで暮らせるわけではないが、自分たちの全装備の十倍以上の価値がある「伝説級」の特効薬だった。
「あ、あの人たち……一体何者なんだよ……」
「スライムを乱獲して、金貨十枚を『補償』でポイって渡していくなんて……」
一方、そんな騒動を背後に、サキモリは淡々と通路の角を曲がっていた。
「……資源を独占するのは戦略の基本ですが。少し、効率を上げすぎましたか。……アリサ殿、次の区画からは、新人の方々のために一割ほど個体を残すよう調整しましょう」
「……ああ、それがいいな。あの子供たちが腰を抜かしていたぞ。サキモリ殿、貴殿の『普通』は、どうやらこの世界の『天変地異』に近いらしい」
アリサの呆れ顔に、サキモリは不思議そうに小首をかしげた。
不沈の軍人は、自身が配った「補償」がどれほどの衝撃を街の経済に与えるかも計算に入れぬまま、さらなる資源の深淵へと足を踏み入れていった。
第四十六話:完




