第四十四話:ルミナの品質管理、抽出の極意
第四十四話:ルミナの品質管理、抽出の極意
『粘液の穴』の深部。エレンの精密狙撃によって次々と「高純度個体」が固定され、サキモリのインベントリにはかつてない勢いで粘液が蓄積されていた。
しかし、管理者の網膜に投影されたステータスバーは、予期せぬ警告を鳴らしている。
「……計算外ですね。エレン殿が選別した個体であっても、その肉体の三割は不要な不純物……すなわち『泥』や『不活性粘液』で構成されています。このままでは、目的地に達する前に一トンの容量が埋まってしまう懸念があります」
サキモリは眉をひそめ、インベントリ内の「歩留まり」の悪さに思考を巡らせた。
軍人にとって、輸送効率の低下は死活問題だ。
一トンの重荷を運んで、有効成分がわずか数百キロでは兵站は成立しない。
「おじさん、何を難しく考えてるのよ。容量が足りないなら、中身を『濃く』すればいいじゃない」
杖を肩に預け、ルミナが可笑しそうに口角を上げた。
金髪幼女の外見に、不遜なほど自信に満ちた笑み。その瞳には、人間の一生など瞬きに等しいと断じる、エルフの賢者の知性が宿っている。
「……中身を濃くする、ですか?」
「そうよ。おじさんのインベントリは便利だけど、入れたものをそのまま保存するだけでしょ? なら、入れる前に『精製』すればいい。おじさん、見てなさいよ。本物のエルフの魔力操作ってやつをね」
ルミナが一歩前へ出る。
彼女が杖を軽く地面に突くと、サキモリの周囲に漂う粘液の塊が、まるで重力を失ったかのように宙に浮かび上がった。
「アリサ、エレン! 邪魔が入らないように周囲を固めなさい。今からここは、私専用の『精製ライン』になるわよ」
「了解した。……サキモリ殿のサポートは、やはりルミナ殿でなくては務まらんようだな」
アリサが凛とした声で応じ、盾を構えて周囲を威圧する。
エレンも無言で頷き、背後の闇へ向けて矢を引き絞った。
ルミナの集中力が高まっていく。
彼女の周囲の空気が、パチパチと静電気のような魔力を帯び始めた。
「……魔力共振、開始。不純物、分離!」
ルミナが放った魔力は、網の目のように細かく、鋭い糸となって宙に浮く粘液を貫いた。
それは単なる破壊ではない。
粘液を構成する成分を魔力でスキャンし、有効な「伝導体」と、ただの「不純物」を分子レベルで選別していく。
サキモリの目には、その光景が超高速で稼働する精密工場のラインに見えた。
ルミナが魔力を通すたびに、濁っていた粘液から黒ずんだ泥や不要な水分が「バシュッ」と音を立てて蒸発していく。
後に残るのは、夜明けの光を閉じ込めたかのような、完璧に透き通った琥珀色の液体だけだ。
「……信じがたい。魔力による瞬間的な遠心分離と蒸留。これを並列して、この速度で行うとは」
「ふん、当然よ。私は孤児院の院長をやってるだけの幼女じゃないの。エルフの魔導士は、自然界の理そのものを操る存在なんだから。……おじさん、インベントリを開けなさい! 最高の『素材』を流し込んであげるわよ!」
ルミナの杖が旋回し、精製された液体が渦を巻いてサキモリの手元へと吸い込まれていく。
インベントリの数値が更新された。
【貯蔵素材:精製スライム原油(特級)】 【純度:九九・九%】 【容量圧迫率:大幅低下】
「素晴らしい。これならば、当初の三倍以上の付加価値を同じ容積で持ち運ぶことが可能です。ルミナ先生、貴女の技術は我がパーティの兵站における『精油所』そのものですね」
サキモリが心底満足げに頷く。
「……素晴らしい。これで中級回復ポーションがとても良い品質で量産できます。そのまま原油として利用しても効率が極めて高いのは大変に喜ばしいです」
サキモリは、手の中に一滴だけ残った琥珀色の雫を見つめ、軍人らしい確信に満ちた声で言葉を継いだ。
「品質、量、そして可搬性。全てが基準を上回りました。これこそが、不沈の進軍を支える『血液』となります」
洞窟の最奥から、新たなスライムの咆哮が響く。
だが、もはやそれを脅威として聞く者は、この四角形の中にはいなかった。
「……さあ、参りましょう。精製ラインの稼働効率をさらに上げます」
管理者の静かな号令と共に、不沈の四角形は、輝く原油の山を求めてさらに深く、暗い領域へと踏み込んでいった。
第四十四話:完




