第二百六十八話:【深淵の講義:格差の構造】
第二百六十八話:【深淵の講義:格差の構造】
治療用スライムの中で仲間たちのバイタルが安定していくのを確認しながら、サキモリはマヨの向かい側に静かに腰を下ろした。
「さて、何から話そうか。……まずは君たちの絶望を数値化してあげようじゃないか」
マヨは空になったポーションの瓶を指先で弄びながら、この世界の残酷な「設計図」を広げ始めた。
「レベル上限九十九なんてのは、人類が勝手に引いた白線に過ぎないんだ。一番単純な限界突破は、さっき君たちがやった『ダンジョンコアへの接触』。これで上限は九百九十九まで跳ね上がる。魔族側じゃこれが当たり前の基準でね、勇者が戦っている魔族たちはだいたい百二十から二百六十レベル。七魔王の一柱、『強欲』の手下ともなれば五百レベルを超える。ボクたち七魔王は当然のように九百九十九以上さ」
「魔王級はさらにその先がある、と?」
サキモリの問いに、マヨは銀髪を揺らして頷いた。
「『無欲の魔王』が持つ秘術や秘宝を使えば、上限を九千九百九十九まで引き上げられる。ボクもその一人さ。長く生きているからカンストしちゃっているけど、正直、この上にもまだ天井がある気がしてならないんだよね。……まぁ、九十九レベルの人間が彼らに挑むのは、蟻が巨象に喧嘩を売るようなものだよ」
「なるほど。構造的な出力差がそれほどまでにあるのですね」
「ただ、勘違いしないでくれよ。レベル=戦闘力じゃない。向き不向きがあるのさ。ボクみたいに研究や弱体化に特化した九千九百九十九レベルより、正面戦闘に特化した三千レベルの方が強いなんてことはザラにある。……さっきの君みたいに、レベル十一でボクを叩き伏せるイレギュラーは論外だけどねぇ」
マヨは苦笑混じりにサキモリを見つめ、話題を「スキル」へと移した。
「次はスキルの話だ。この世界の住人は、レベルが上がると自然に使用頻度の高い、あるいは適性のあるスキルが勝手に育つ。けど、君たち『勇者』は違う。レベルアップで得たスキルポイントを使い、好きな技能を自由に選択して取得できる。不得意だろうが何だろうが、万物の可能性を自由に選べる……それが勇者システムの特権だよ」
さらにマヨは、治療用スライムに沈んでいるアリサを指差した。
「それに勇者は召喚時に必ず『固有スキル』をもらえる。アリサちゃんの『アイギス』がそうだね。これは一般人じゃ逆立ちしても手に入らない、スタート地点からの圧倒的な有利さだ」
「なるほど。私は固有スキルこそ持ち合わせていませんが、スキルポイントは蓄積されています。これの自由度が、一般の住人との決定的な差なのですね」
「そう。君ならそのポイントをどう『構造』に組み込むか、楽しみだねぇ。……もっとも、さっきの君が使った『技』は、システムに登録されたスキルじゃない。純然たる肉体の運用、構造の理解によるものだ。スキルを取得していなくても、真似をして死ななければ誰でも使える……。だからこそ、システムに縛られない『神の領域』に届いたんだろうねぇ」
マヨは感心したように溜息をついた。
物理的なレベルの壁と、勇者というシステムの優遇。
サキモリはそれらを冷静に天秤にかけ、自身の持つ「スキルポイント」の最も合理的な使い道を考え始めていた。
「どうだい、サキモリ。構造を知って、少しは賢くなった気分かい?」
「ええ、非常に参考になりました。……おかげで、次に『設計』すべきものが見えてきましたよ」
血を拭ったサキモリの瞳には、すでに絶望を通り越した「次の工程」への光が宿っていた。




