第二百六十五話:【技術の極致:構造の超越】
第二百六十五話:【技術の極致:構造の超越】
「……なっ!?」
マヨが驚愕に目を見開いた。
身体能力を百分の一に引き下げる『怠惰』の呪縛。
常人であれば指一本動かすことすらままならず、己の自重に押し潰されるはずの重圧の中で、サキモリは何事もなかったかのように、スッと静かに立ち上がったのだ。
本能的な危機感を覚えたマヨは、即座にラッパ銃の引き金を絞った。
「死んじゃえッ!」
バスンッ! という暴力的な発砲音がドーム内に響き渡る。
放たれた無数の鉄球がサキモリのいた空間を無慈悲に引き裂いた。
だが――そこにサキモリの姿はなかった。
「……え?」
マヨが反射的に右側面を振り向いた瞬間、視界にサキモリの掌が飛び込んできた。
吸い込まれるような滑らかな動作から放たれた中段の掌底。
それがマヨの脇腹を正確に捉えた。
ドォォォン!
「がはっ……ぁあ!?」
小柄な身体が真横に吹き飛び、硬い岩壁に激突する。
マヨは苦悶の声を上げながらも、信じられないものを見る目で起き上がった。
「がっは……っ! 君の筋力は百分の一になっているはずだよ。なぜ立てるんだい……!? なぜ、これほどの打撃が打てるんだい!?」
「簡単な理屈ですよ」
サキモリは乱れた衣服を整えながら、平然と言い放った。
「踵の骨で立ち、重心で進む方向を決め、背中の筋肉で全体を支えています。筋力に頼らずとも、骨格を正しく積み上げれば姿勢は維持できる。自分の体重がたかだか百倍程度になったところで、私の動きに支障はありません」
サキモリは一歩、静かに踏み出した。
「打撃自体も重心の移動によるものです。筋力は不要。いわゆる『寸勁』の理は、重力さえあれば威力は維持可能です。……もっとも、肉弾戦を軽視してきたあなたには、理解し難い構造かもしれませんが」
「なるほど、技術によるものなんだね。これは、こちらも手を抜いていると危ないのかな?」
マヨは口元の血を拭い、忌々しげにラッパ銃を投げ捨てた。
その瞳に宿る色が、研究者のそれから魔王のそれへと変質する。
マヨが両手をかざすと、周囲の大気が絶望的なまでの密度で圧縮され始めた。
「マヨさん。あなたにはまだ聞きたいことがあります。――最後の確認です。私がもしあなたに勝てたら、あなたが知っているスキルについての概念と知識を教えていただいても?」
猛烈なプレッシャーを前に、サキモリは無造作に立ったまま、あくまで丁寧に問いかけた。
「あぁ、いいとも。教えるし、彼女たちの治癒をしてあげたっていいさ。ただし、勝てたらね? これでもボクも七魔王の一人、ほんの少しだけプライドがあるのさ」
答えるマヨの手のひらには、小さく圧縮された暴風の球体が煌々と光り、空間を削り取るような轟音を立てている。
「取引成立ですね」
サキモリは、満足そうに微かに微笑んだ。
そして、すべてを終わらせるための一言を、静かに放つ。
「――『憑依・防人』発動」
その瞬間、サキモリを包む空気が、完全にこの世の理から切り離された。




