第二百六十四話:【怠惰の魔王:構造の簒奪者】
第二百六十四話:【怠惰の魔王:構造の簒奪者】
ニヤニヤと歪な笑みを浮かべるマヨの姿が、急速に変貌していく。
水色の美しかったサイドポニーは見る間に色素を失って銀髪へと変わり、白かった肌は死人のような青みを帯びていく。極めつけは、その瞳だった。白目だった部分は逃げ場のない闇のように黒く染まり、その中心で金色の虹彩が爛々と輝く。
「察しのいい男性はモテないらしいけど、サキモリ、君はモテるんだねぇ。ただそう睨まないでくれよ。ボクは戦闘が苦手なんだ」
マヨはそう言って、子供のような仕草で手をひらひらとさせた。
「魔族、ですよね」
サキモリは重心を落とし、即座に戦闘態勢に入る。その瞳に映るマヨの魔力構造は、先ほどまでの「奇妙な少女」とは比較にならないほど巨大で禍々しいものに書き換わっていた。
「ご明察。ボクはレベル九千九百九十九の魔族だよ。七魔王の一柱、『怠惰』担当のマヨだね。本名は人間の言葉だと長すぎるので割愛するよ。まぁ、レベルだの魔王だのは長く生きている付き合いでやっているだけだから、ボクの本質とは違うさ。ボクはただ、研究したいだけなんだよ。ここに来たのだって、魔族領では管理されていて自由に扱えない『限界突破のダンジョンコア』を自由に調べたかっただけさ。嘘はないよ。君が気付かなければね」
「なるほど。すでに限界突破済みだったので、マヨさんはコアに触れても反応がなかったのですね」
サキモリが射抜くように睨みつけると、マヨは可笑しそうに肩を揺らした。
「そうなるね。気づかれないように自然にしていたつもりだったが……ノリで触ったのが悪手だったかな。あぁ、そう構えないでくれ。普通に戦ったら、さっきの君の全力に耐えられそうにないよ、ボクはね」
マヨが、無造作にサキモリへ手をかざす。
サキモリは回避行動を取ろうとしたが、次の瞬間、膝からガクッと力が抜けて床に膝を突いた。
「七魔王が一人、怠惰の魔王の単純な固有スキルだよ。弱体化の一つだ。サキモリ、君の身体能力は百分の一に下がる。……おや、思ったより抵抗力が強いね。呼吸する力を無効化するのは無理だった。君は本当に強い勇者だ」
マヨは床に手をつくサキモリに歩み寄り、自身の腰に下げていたホルスターから、ラッパのような形状をした銃を一つ抜き取った。
「これは以前、拷問した勇者から聞いた君たちの世界にある『ライフル』というのを、ボクなりに作ってみたものだよ。便宜上、ラッパ銃と呼んでいる。鉄の玉をたくさん詰めて、火薬で飛ばす単純な構造だが、弱体化に耐えられた場合に便利なんだよね」
銃口が、至近距離からサキモリの眉間に狙いをつける。
「なるほど、散弾銃ですか」
サキモリは身体中に鉛を流し込まれたような重圧に耐えながら、わずかに力を入れて体を起こした。
「……ところでマヨさん。ルミナ先生、エレン、アリサ殿、ミャオの命を取るつもりですか?」
サキモリは、嘘を許さぬ真っ直ぐな瞳をマヨへ向けた。
「いいや? 彼女たちにボクの正体はバレていないんだ。ボクは最初から言っている通り、研究したいだけだよ。ついでに言うなら、ボクは理由もない虚飾や嘘の類が嫌いだ。無駄な嘘はつかないし、彼女たちの命を取るつもりもない。重症だけどね」
その言葉を聞いた瞬間、サキモリの鋭い表情は霧が晴れるように消え、いつもの穏やかな顔に戻った。
彼は膝を地についたまま、安心したように微笑んだ。
「そうですか。それはよかった」




