第二百六十一話:【透明な障壁:拒絶する粘膜】
第二百六十一話:【透明な障壁:拒絶する粘膜】
階段を上りきった先に広がっていたのは、どこまでも真っ直ぐに続く、やや広めの洞窟だった。
魔物の気配、獣臭さ、潮の香りに混じる強烈な殺気。サキモリが構築したセンサー群は、ありとあらゆる「不快」を検知して警報を鳴らし続けている。
しかし、暗風が吹き抜けるその一本道には、驚くほどに影一つ見当たらなかった。
「……気味が悪いですね。気配はあるのに、姿が見えません」
サキモリの丁寧な言葉に、一同の緊張感も最高潮に達する。
アリサが盾『アイギス』を展開して前方の明かりを確保し、そのすぐ後ろでエレンが魔力視を研ぎ澄ませて索敵を続ける。中堅にルミナとマヨ、後方をミャオとサキモリが固める布陣で、一行は慎重に歩みを進めた。
やがて、洞窟の奥に出口らしき光が見え始めた。
だが、その手前で道は完全に「壁」に塞がれていた。
「壁……? いえ、これは!」
エレンが声を上げた瞬間、光を反射して粘液が揺らめいた。それは壁のように通路を隙間なく埋め尽くした、巨大な透明スライムだった。
「下がってなさい! 『フレイム・バースト』!」
後方からルミナが鋭い火炎魔法を放つ。
本来、スライムにとって火は天敵のはずだ。しかし、猛烈な炎に包まれてもなお、透明な粘膜は何事もなかったかのように揺らめき、瞬時にその熱を吸収してしまった。
「嘘、ダメージがない!? 火が効かないスライムなんて聞いたことないわよ!」
アリサがシールドバッシュで力任せに押し返すが、衝撃は波紋のように分散され、削り取った部位も瞬く間に再生していく。
エレンの放つ光の矢も、貫通して穴を開けるだけで、修復を妨げるには至らない。
「不合理な再生能力ですね。ならば――」
サキモリが愛槍を突き出し、構造上の急所と思われる魔力核を正確に粉砕した。
だが、砕け散ったはずの核すらも、流動する粘液の中で即座に再構成されてしまった。
「やぁやぁ、これじゃあ進めないねぇ。これは困った。物理的な破壊も、概念的な修復能力も、ボクたちの知る『スライム』という種を超越しているよ」
マヨは最前線の混乱を余所に、まるでショーでも観ているかのように楽しげに観察を続けている。
業を煮やしたミャオが、神速の爪で切り裂こうと飛び出しかけたが、その肩をマヨが小さな手で制した。
「ミャオちゃん、肉弾戦はおすすめしないよ。この子は溶解液の塊みたいなものだからね。触れたそばから可愛い毛並みが溶かされてしまうよ」
「……っ、そんなに危ないにゃ!?」
ミャオが慌てて身を引く。
目の前には、光り輝く出口。だがその間には、あらゆる干渉を無効化し、ただ静かに道を拒絶する「透明な死」が立ち塞がっている。
「攻撃してこないことが、これほど厄介だとは……」
サキモリは眉をひそめ、アイテムストレージ内の「化学兵器」の在庫を脳内で精査し始めた。
出口を目前にして、一行は未知の生命体による、静かなる足止めを余儀なくされていた。




