第二百六十話:【深淵の洗礼:計測不能の顎】
第二百六十話:【深淵の洗礼:計測不能の顎】
潮の香りが微かに残る石造りの大階段を、一行は慎重に下っていた。
隊列は先頭にアリサ、すぐ後ろにエレン、中間に非戦闘員のマヨを配置し、その後ろをルミナが、側面をミャオが固め、しんがりをサキモリが務める。
「静かすぎるにゃ……。海の底なのに、波の音も聞こえないにゃ」
ミャオが耳をピリピリと動かし、周囲を警戒する。
不気味な静寂が一行を包んでいたが、それは天井の闇から音もなく舞い降りた巨大な影によって破られた。家畜の牛ほどもある、漆黒の蝙蝠だった。
「敵襲! 前方より一体です!」
サキモリの警告と同時に、蝙蝠が鋭い爪を剥き出しにして突っ込んでくる。
「御前へは通しません!」
アリサが叫び、固有スキル『アイギス』を構える。
しかし、衝突の瞬間、アリサの顔が驚愕に歪んだ。激しい金属音が響き、蝙蝠の爪がアイギスの表面をガリガリと削り取ったのだ。
盾の修復機能がフル稼働するが、相手はゴーレムすらなぎ倒すアリサと対等な次元で、重く鋭い衝突を繰り返してくる。
「エレン、援護を!」
「わかってるわ! 『爆裂魔矢・地雷配置』!」
エレンが放った矢が蝙蝠の移動先に爆発を巻き起こすが、相手は爆炎を気にも留めずアリサを強襲し続ける。
「嘘でしょ……爆裂魔法が効かないなんて!」
「なるほど、興味深いねぇ。物理耐性と魔法耐性が異常に高い個体だ。ボクのコレクションに加えたいくらいだよ」
中間にいるマヨは、前線が必死に耐えている眼前で、暢気に蝙蝠の観察を始めていた。
エレンは外せばダンジョンが崩壊しかねない恐怖を抑え、最も攻撃力と貫通力の高い光属性の弓を顕現させる。アリサが耐え抜く中、渾身の一撃がようやく蝙蝠を射抜いた。
蝙蝠が霧散した瞬間、アリサとエレンの体に確かな光が走った。
「……え? たった一匹倒しただけで、レベルが上がった?」
「いったいどれだけ強い蝙蝠だったんだ……」と唖然とするアリサとエレン。
「……計測不能だったわ。私の魔法じゃ、読み取れなかった」
ルミナが震える声で告げると、マヨは愉悦に満ちた声を上げた。
「あはは! 楽しくなってきたねぇ! 君たちがどう足掻くか、ますます観測しがいが出てきたじゃないか」
「……怖い感じがしたにゃ」とミャオが耳の毛を逆立たせる中、サキモリはダンジョンの奥を冷徹に見据えた。
「困難な攻略になりそうです。皆さん、次の『構造』に備えてください」
サキモリは丁寧な物腰ながらも、より深い階層に潜む異常な気配に、静かに警戒を強めていた。




