第二百五十九話:【満ち引きの迷宮:海底ダンジョン出現】
第二百五十九話:【満ち引きの迷宮:海底ダンジョン出現】
鉄の馬が潮風を切り裂き、宣言通り半日で一行を東海岸へと運んだ。
列車が停まったその眼下では、ちょうど引き潮が始まり、海水が大きな渦を巻いて退いていくところだった。
「おやおや、いいじゃないかな! ちょうどお目見えだねぇ」
マヨが指差した先、海中から苔むした巨大な石扉が、濡れた鈍い光を放ちながら姿を現した。
それは一日のうち、わずかな時間しか地上にその姿を留めない海底への入り口だった。
「サキモリ殿、本当に行くのですか!? 潮が満ちれば、脱出する前に溺死してしまいます。入り口が開いているのはたったの一時間ですよ!」
査察を兼ねて見送りに来ていた宰相メイが、悲鳴に近い声を上げる。聖女シェーレもまた、祈るように手を組み、その無謀な試みを必死に止めようとしていた。
しかし、マヨはそんな彼女たちの不安を鼻で笑い、ひょいと肩をすくめる。
「何を怯えているんだい。中は少し下り階段を下りれば、残りは上り階段になっていて水没しない仕様なんだよ。……まぁ、ボクが読んだ古文書が正しければ、の話だけどね。空気があるかも分からないけれど、陸上モンスターの記述がある以上、呼吸くらいはできるはずだよ。あはは、死んでもボクを恨まないでくれたまえ。ボクも一緒に行くんだからさ!」
自らの命すら「正解を確かめるためのサンプル」としか思っていないマヨの不気味なまでの軽やかさ。
その狂気に、ルミナやアリサたちが息を呑んだとき、サキモリが静かにアイテムストレージへと手を伸ばした。
「不確定要素に命を預けるのは非効率的です。ですので、これを使ってください」
サキモリが取り出したのは、密封耐圧性のある無骨な鉄の筒だった。
内部には二酸化炭素や窒素を除去し、高密度の酸素を送り出すための吸入口が備わっている。サキモリが設計した、水中用の緊急酸素供給装置である。
「空気がないのであれば、持ち込めばいい。それだけの話です。……マヨさん、あなたの分も用意してありますから」
「……なんだいそれは。君という人間は、どこまでボクの『予測』を潰せば気が済むんだい。なるほど、つまらないくらいに徹底しているねぇ」
全滅のリスクを淡々と、物理的な道具で排除していくサキモリ。
マヨは呆れたように口を尖らせたが、その瞳には未知の装置への好奇心が隠しきれずに滲んでいた。
「準備は整いました。構造を解き明かしに行きましょう」
サキモリが先頭に立ち、重厚な石の扉へと足を踏み出す。
背後には、メイとシェーレの祈るような視線。そして一行は、冷たい潮の香りが立ち込める暗い、海底へと続く階段を下り始めた。




