第二百五十八話:【移動の革命:驚愕の蒸気機関】
第二百五十八話:【移動の革命:驚愕の蒸気機関】
「東海岸の海底ダンジョン、ですか。いいですね、そこへ向かいましょう。」
「……まぁ、ここからだと十日くらいはかかっちゃうけど、のんびり歩いて行こうじゃないかねぇ」
マヨは研究室の机から飛び降りると、短い手足でパタパタと歩き出し、当然のようにサキモリへ「同行」を求めた。
だが、サキモリはその歩みを止めることなく、懐中時計を確認して穏やかに告げる。
「いえ、半日あれば到着可能です。徒歩という選択肢は非効率ですから」
「はぁ!? 半日? 君、何を言っているんだい? 魔法で転移でもするつもりかい? 座標固定もなしにそんなことをすれば、体がバラバラの挽肉になるよ」
信じられないものを見る目でサキモリを仰ぎ見るマヨ。
だが、彼女が案内されたのは、聖都の壁際から伸びる「鉄の路」の起点だった。そこに鎮座していたのは、黒光りする鋼鉄の巨躯――食料輸送用をベースに、人員輸送用に最適化された最新鋭の機関車である。
「なんだい、この鉄の塊は。……魔力の波動が全く感じられないじゃないか」
マヨが不審げに車体に触れた瞬間、サキモリがボイラーに火を入れ、巨大な蒸気が噴き出した。
シュ、シュッ、と大気を切り裂くような排気音とともに、鉄の馬が咆哮を上げる。
「乗ってください。時間が惜しいですから」
サキモリに促され、半信疑いで客車へ飛び乗ったマヨだったが、列車が動き出し、風景が飛ぶように後方へ流れ始めると、その態度は一変した。
「なんだいこれは! 湯を沸かした時の蒸気をこれほどの力に変換するとは! 魔力もスキルも介さずに、物理的な膨張圧だけでこの質量を動かしているのかい!? サキモリ、君の発想は面白すぎるじゃないか!」
マヨはもはや客席に座っていることすらできず、車両の床に這いつくばってピストンの振動を肌で感じ、ボイラー室へ首を突っ込んでは熱風に髪を揺らして叫んだ。
ルミナやミャオが呆気にとられる中、彼女は子供のような無邪気さと、科学者としての狂気的な好奇心で、列車の構造を隅々まで舐めるように観察し、解析し始める。
「素晴らしいねぇ! 構造が単純ゆえに力強い! 君、これをバラして中身を見せてくれないかい? 今すぐにでもこのボイラーを解体して、熱効率の計算をやり直したいよ!」
「お断りします。運行に支障が出ますから」
サキモリは運転席でレバーを握ったまま、背後で騒ぐ青髪の少女を「ノイズ」として適切に処理し、計器の針に集中していた。
彼にとってこの列車は、目的を達成するための合理的な手段に過ぎない。
だが、マヨの瞳には、サキモリという人間が持ち込んだ「異界の構造」が、この退屈な世界の理を食い破る劇薬のように映っていた。
「あはは! いいんじゃないかな、サキモリ! 君、最高だねぇ。ボクの退屈を、この世界の常識ごと壊してくれそうじゃないか!」
狂ったように笑うマヨの声を、激しい蒸気音が掻き消していく。
サキモリは無言で加速レバーをさらに一段引き込み、鉄の馬は未知の真実が眠る東海岸へと、猛烈な速度で突き進んでいった。




