第二百三十四話:【新世界の約束:東海岸開拓宣言】
第二百三十四話:【新世界の約束:東海岸開拓宣言】
謁見の間に漂う、安堵と危機の入り混じった空気。宰相メイから報告された「塩と食料の枯渇」という現実的な難題に対し、サキモリは微笑みながら懐から一枚の羊皮紙を取り出した。それは、彼が以前から緻密に練り上げていた「東方遠征計画図」だった。
未踏の海へ
「メイさん、よくやってくれました。塩の不足は想定内です。備蓄が底を突く前に、我々は東の海岸線の開拓に向かいます」
サキモリは断言する形で語りかけた。真っ先に反応したのはミャオだった。
「東海岸……! 海に行くのはじめてにゃ! 塩って、そんなに簡単に作れるものなのかにゃ?」
身を乗り出すミャオの問いに、サキモリは地図の一点を指し示しながら頷く。そこは大帝国クリスタの東南部に位置する、未開拓の広大な海岸線だった。
「はい。そこに塩と医薬品の製造工場、そして大規模な漁業の拠点を築きます。海は『資源の宝庫』です。適切に管理し、効率的に抽出すれば、帝国全体の渇きを潤すことができるでしょう。私たちが形にしてきますから、安心してください」
信頼の「正解」
しかし、メイの表情は晴れない。彼女は実務家として、現場の「人手不足」という致命的な欠陥を指摘する。
「……サキモリ殿。計画自体は素晴らしいですが、現実を見てください。塩を大量に生産するには、広大な塩田と、それを管理する膨大な数の労働者が必要です。今、聖都の復興と田畑の管理に追われている民を、遠い東の海岸へ派遣する余裕はありません」
メイはため息をつき、さらに言葉を重ねる。
「南部の塩田からの供給も戦乱の影響で細くなり、市場の塩の価格は跳ね上がっています。人手もなく、資金も限られている中で、どうやって工場を動かすつもりですか?」
その問いに対し、サキモリは笑顔で答えた。
「人材は、とりあえず我々五人で十分です。心配はいりません」
「五人!? さすがに冗談がすぎますわ!」
メイの突っ込みに、ルミナやアリサ、エレンたちも苦笑いを浮かべる。だが、サキモリの瞳に宿る「構造」への信頼は揺るがなかった。熟練度が飛躍的に向上した「加工スキル」と「蒸気機関」を組み合わせれば、人海戦術に頼らずとも大量生産は可能だと確信していた。
文明の血管を伸ばす
「まずは我々五人が先行し、生産の土台を整えます。最低限の港を造り、ゆくゆくは海運も視野に入れますが……海の魔物の脅威度が不明なため、まずは我々が安全を確認します。その間、メイさんたちにお願いしたいことがあるんです」
サキモリは、シェーレとメイに一通の「メモ」を手渡した。そこには、サキモリ不在の間に聖都で行うべき手順が記されていた。
「聖女シェーレさん、宰相メイさん。我々が開拓を進めている間、このメモにある通りに、聖都から国内全土へ向けてレールを伸ばしてください。鉄道という『血管』が繋がっていれば、私たちが生産した塩や魚は、すぐに困窮する民のもとへと届けることができます。この国の未来を繋ぐ作業をお願いできますか?」
「……つまり、私たちはこの『道』を完成させて待っていればよいのですね?」
シェーレの確認に、サキモリは笑顔で頷いた。
「はい。その通りです。ただ、一つだけ約束してください。線路内には不用意に人が立ち入らないよう、警告文と柵の設置を徹底すること。鉄の馬はとても力が強く、すぐには止まれません。民の安全を守ることだけは、くれぐれも忘れないでくださいね」
新世界の予感
サキモリの言葉には、不安を包み込むような説得力があった。それは彼がこれまでに示してきた「結果」の積み重ねによるものだった。
「わかりました。サキモリ殿がそこまで仰るなら、私たちはこの聖都を守り、道を繋いでみせましょう」
メイが折れる形で、東方遠征が正式に承認された。
「さて、出発の準備をしましょう。ルミナ先生、アリサ殿、エレン、ミャオ」
サキモリが呼びかけると、四人はそれぞれの得物を手に立ち上がった。
「海か……。潮風で髪が痛まない魔法でもかけておこうかしら」
「海辺での野営ですね。アリサ特製、干し肉の海鮮風スープを皆様に振る舞いますわ!」
「皆様が安全に作業できるよう、私が周囲の警戒を完璧にこなしてみせますわ」
「海のごちそう、たくさん食べるにゃー!」
賑やかな仲間たちの声を背に、サキモリは再び東の空を見上げた。
「生命の源である塩を、この手に。帝国の真の再生まで、あと少しです。一緒に行きましょう」
蒸気機関車が吐き出す白い煙は、新たな開拓の風に乗り、東の海へとたなびいていった。
(第二百三十五話へ続く)




