第二百八話:【鋼の宰相:帝国の内実】
第二百八話:【鋼の宰相:帝国の内実】
「ゼロコストの晩餐」がもたらした衝撃は、凍りついていた謁見の間の空気を劇的に変えた。
サキモリが示したのは、単なる料理ではなく、絶望的な状況下でも「仕組み」さえ変えれば生存は可能であるという冷徹な事実だった。
王女の合図により、サキモリたちは広間を離れ、堅牢な守りに固められた奥の政務室へと招かれた。
そこにいたのは、王女シェーレを公私ともに支える側近、鋼の意志を持つといわれる宰相メイであった。
彼女ははきはきとしたビジネスライクな口調で、儀礼を省き、帝国の血の滲むような現状をデータとして突きつける。
「単刀直入に申し上げます、サキモリ殿。先ほどの料理は実に見事でした。
ですが、帝国という巨大な装置を動かすには、対症療法だけでは足りません。
我々は今、決定的な機能不全に陥っています」
宰相メイとの対話が進むにつれ、帝国の表面的な華やかさの裏に潜む、致命的な欠陥が次々と露わになっていった。
・連作障害
慢性的な食糧不足を補うため、同じ土地で同じ作物を植え続けた結果、土壌が死に絶え、収穫量が激減している。
・インフラの不備
最前線の維持にリソースを割きすぎた結果、国内の治水工事が完全に滞り、農地は慢性的な水不足に喘いでいる。
・流通の目詰まり
軍用の幹線道路こそ整備されているが、そこから枝分かれする村々への細部ネットワークは未整備のまま放置され、物資が適正に循環していない。
・産業の不均衡
戦費獲得のための商業や採掘業に労働力が偏りすぎ、農業や林業といった国家の基礎を支える分野の人手が枯渇している。
宰相の話を黙って聞き終えたサキモリは、視線を虚空へと向けた。
彼の脳内では、提供された膨大な欠陥データが、一つの巨大な不完全燃焼を起こしているエンジンの図面のように展開されていた。
「……なるほど。システムの再設計が必要です。
これは、一朝一夕では終わりませんね」
サキモリの瞳に、国全体を一つの巨大な「演算対象」として捉える静かな光が宿る。
人材配置の最適化。
土壌の物理的改善。
治水システムの再構築。
そして流通網の優先順位に基づいた舗装。
サキモリの脳裏には、かつての戦場で培った塹壕構築や拠点防衛、機械整備といった近代的な技術の一部を転用し、最小の負担で最大の効率を叩き出す「安全運用の指針」が朧げに形を結び始めていた。
だが、彼はまだ具体的な解決策を口にはしない。
現地を見ずして出した答えは、ただの机上の空論であることを誰よりも知っているからだ。
「まずは、現場を観測させていただきます。
帝国の真実を、この目で確認してからです」
サキモリの言葉に、宰相と王女は深く頷いた。
大帝国クリスタという巨大な装置のオーバーホールは、まだ始まったばかりだった。
(第二百九話へ続く)




