第二百七話:【ゼロコストの晩餐:謁見の間の調理場】
第二百七話:【ゼロコストの晩餐:謁見の間の調理場】
帝都の権威を象徴する、高く装飾された天井。
普段は重厚な議論や祝宴が行われる謁見の間は、今や異様な熱気に包まれていた。
王女の即断により、広間の中央には急造の調理台と、煌々と燃える魔導コンロが運び込まれている。
居並ぶ貴族たちは、眉をひそめながらその光景を眺めていた。
サキモリが懐から取り出したのは、銀の皿でも高級な獣肉でもない。
道中で泥にまみれながら拾い集めたドングリと、乾燥して色褪せた野草、そして塩でガチガチに固められた川魚の干物だった。
「……始めます」
サキモリの声は、まるで精密機械が起動する音のように静かだった。
まず彼は、堅いドングリを石の道具で粉砕していく。
その一部は手際よく団子状に丸められ、もう一部はストレージから取り出した塩と貴重な砂糖で味を整え、薄く伸ばしてクッキーへと成形される。
次に彼が手にしたのは、あの「石叩き」で捕らえた川魚の燻製だ。
直火で軽く炙り、香ばしい脂の匂いが立ち上がったところで、サキモリはそれを無造作に砕き、煮立った湯へと投じた。
「魚を……あんな風に扱うのか? 料理というより、薬品の抽出ではないか」
宰相が呆気にとられたように呟く。
サキモリは湯煎で丁寧に魚の身をほぐしながら、濃厚な「だし」を抽出していく。
そこへ、あらかじめアクを抜き、刻んでおいたヨモギやタンポポ、ドクダミの根を投入。
仕上げに、先ほど丸めたドングリ団子を一つずつ滑り込ませた。
やがて、広間には誰もが嗅いだことのない、しかし本能を揺さぶるような豊潤な香りが漂い始めた。
焼き上がったドングリクッキーからは、まるで高級な栗を凝縮したような甘く香ばしい匂いが立ち上る。
そして大鍋からは、魚介の旨味と野草の清涼感が混ざり合った、力強いスープの蒸気が溢れ出した。
サキモリは完成した料理を、王女の目の前へと静かに差し出した。
「ドングリのクッキーと、魚介野草の団子スープです。毒性への配慮は完璧です。どうぞ」
周囲の貴族たちは、毒見役が口にするのを恐る恐る見守っていた。
だが、最初に口をつけた毒見役の騎士が、目を見開いて硬直した。
次いで、王女が震える手でスープを一口、口に運ぶ。
「……っ! これは、本当にあの道端の草なのですか?」
王女の驚愕は、すぐさま広間全体へと波及した。
見た目の泥臭さからは想像もつかないほど、スープには深い旨味があり、ドングリ団子はもちもちとした食感で腹を満たす。
クッキーはサクサクと軽く、砂糖の甘みが疲弊した脳に染み渡っていく。
それは、美食に慣れたはずの者たちが、今まさに帝国が失っている「生命の充足」を感じる味だった。
「これらはすべて、大抵の場所でいつでも採取できる雑草と木の実です。一部の野草は、人の手をかけずとも容易に増やせます」
周囲がその「美食」の正体に騒然とする中、サキモリは感情を排した声で、しかし真っ向から王女を見据えた。
「王女殿下。今日を生き延びるために必要なのは、届く当てもない高価な輸入食糧ではありません。
目の前にあるものの価値を変え、今ここにあるもので心と腹を満たすこと。
それが、帝国を再建するための、最初の設計変更です」
その言葉は、空腹に耐えていた門番や、飢えに怯えていた貴族たちの胸に、鋭い楔となって打ち込まれた。
伝説の勇者が示したのは、破壊の力ではなく、絶望を資源に変える圧倒的な「生存の理」であった。
(第二百八話へ続く)




