第二百三話:【静かなる異常:休まない五人の行軍】
第二百三話:【静かなる異常:休まない五人の行軍】
大帝国クリスタの版図を進む一行の移動は、もはや芸術的なまでの効率に達していた。
それは移動というよりも、巨大な精密機械が大地を舐めるように進む「工程」に近い。
サキモリはルミナを背負い、心拍数と歩幅を一定に保ちながら、機械的なペースで歩き続ける。
その右隣では、エレンが絶え間なく魔力を演算し、数キロ先にある村々の物価や資源の分布を遠視していた。
後方ではアリサが、概念盾「アイギス」を本来の防御ではなく、夜間の視認性を確保するための「恒久光源」として頭上に展開し、静かに足元を照らしている。
驚くべきは、その連続性だ。
彼らは合間合間にポーションをちびちびと口にし、魔力と疲労を微調整しているが、道中で一度たりとも座る気配も、立ち止まる気配すら見せない。
「ねぇ、師匠。そろそろ一休みしないかニャ? 喉も渇いたし、足もパンパンだニャ」
ミャオは指示されるままに短距離の使い走りとして周囲を駆け回り、採取を繰り返していたが、一向に速度を緩めない四人に底知れぬ恐怖を覚え始めていた。
以前のような死に物狂いの強行軍ではない。
しかし、呼吸を整えることさえ「作業」の一部として組み込み、淡々と歩み続ける彼らの姿に、ミャオは戦慄を禁じ得なかった。
(こいつら……本当に人間かニャ? 構造がどうとか言う前に、生物としてのネジが外れてるニャ……)
夜、街道の傍らでようやく小さな焚き火が焚かれた。
だが、そこにあるのはミャオが想像していた「休息」ではなかった。
ルミナ、アリサ、エレンの三人は、互いに背を預け、わずか一時間という極めて短い仮眠に入っている。
その静寂の中で、サキモリだけは火の粉を浴びながら、今日採取した膨大な野草の加工、調合、そして雑草作物の脱穀作業を黙々と進めていた。
「師匠……寝ないのかニャ?」
問いかけに、サキモリは手を止めずに答える。
「睡眠による脳の洗浄効率を最大化させるための、調整作業です。これが終わらなければ、明日の構造が崩れますから」
ミャオは、焚き火に照らされるサキモリの横顔を見つめた。
この「休まない構造」こそが、世界の二割を占める大帝国という巨大なシステムを、たった数人で救済し、書き換えるための最低条件なのだ。
彼女はその圧倒的な覚悟の差を、冷たい夜風の中で痛いほど悟り始めていた。
(第二百四話へ続く)




