第百九十六話:【覚醒のミャオ:流転する猫】
第百九十六話:【覚醒のミャオ:流転する猫】
袋小路の路地裏。
サキモリが姿を消し、静寂がミャオを包み込む。
だが、その静寂はすぐに、十二人の刺客が放つ冷酷な殺気によって塗り潰された。
「……師匠」
ミャオは小さく呟き、震える拳を握りしめた。
刺客たちのレベルは自分より遥かに上。
本来であれば、逃げることさえ叶わぬ絶望的な盤面。
だが、刺客が最初の一歩を踏み出した瞬間、ミャオの脳裏にこれまでの「洗礼」が鮮烈な光を伴ってフラッシュバックした。
(動くニャ。構造を、思い出すニャ……!)
まず、サキモリの教え。
「力はいりません。筋肉の末端ではなく、大地の反動を骨盤に伝え、重心移動そのものを質量に変えるのです」
ミャオは襲い来る刃を、紙一重の足捌きで回避した。
避けるのではない。
相手の重心が崩れる「構造の隙間」に、自分の軸を滑り込ませるのだ。
次に、エレンの教え。
「数式を読みなさい。相手の二手、三手先を潰し、常に死角を突き続けるのです」
一本の矢が自分を射抜く軌道ではなく、刺客全員が織り成す「攻撃の網目」を予測する。
ミャオは一箇所に留まらず、壁を蹴り、屋根を跳ね、常に敵の包囲網に「澱み」を作るように動き続けた。
そして、アリサの教え。
「避けきれないなら、構造的に最もダメージの少ない箇所で受け流すのだ」
背後から迫った暗器の切っ先を、ミャオは最小限の角度で肩の肉に掠めさせ、その衝撃を利用して前方へ加速した。
激痛が走るが、止まれば死ぬ。
最後に、ルミナの教え。
「痛みを無視して、足を止めずに『生』へ執着するんだよ」
肺が焼けるような熱さを帯び、呼吸が乱れ始める。
だが、ミャオは自らの呼吸を「構造的」に制御し、魔力を血流に強制循環させた。
ルミナのあの底知れない微笑みを思い出し、恐怖を無理やり闘志で塗り潰す。
「あたしは……死なないニャ! まだサキモリに、褒めてもらってないニャアア!」
ミャオは叫びと共に、刺客の死角を突いて最後の一人を吹き飛ばし、包囲網の唯一の「破れ目」を駆け抜けた。
一時間後。
追っ手を振り切り、町外れの丘の上で朝日に照らされたミャオは、満身創痍のまま膝をついた。
全身は切り傷と打撲でボロボロ、自慢の毛並みも汚れきっていたが、その瞳にはかつてない確信の光が宿っていた。
「……サキモリ師匠! 見てたかニャ! あたし、やったニャ!」
彼女は空を仰ぎ、喉が枯れるほどの声で叫んだ。
その視線の先。
遠く離れた木陰で、サキモリは手帳に筆を走らせながら、静かに呟いた。
「……及第点です」
ミャオは知らない。
サキモリから手紙で事態を把握していたアリサ、ルミナ、エレンの三人が、すでに裏で動いていたことを。
アリサが完璧な守護で退路を確保し、ルミナが広域索敵で刺客の位置を特定し、エレンが精密な魔弓術によって、ミャオが突破した後の刺客たちを音もなく全滅させていたことを。
ミャオが見た朝日は、師匠たちの「過保護なまでの工作」によって守られた平穏の一部に過ぎなかった。
だが、彼女が掴み取った「覚醒」の感覚だけは、紛れもない本物であった。
(第百九十七話へ続く)




