第百八十九話:【ミャオの修行開始】
第百八十九話:【ミャオの修行開始】
サキモリたちの「異常な日常」に脳を焼かれたミャオだったが、彼女の本質は武人である。
ポーション工場の衝撃が冷めやらぬ翌日、彼女はサキモリの前に立ち、拳を固めて宣言した。
「サキモリ、昨日のデコピン……あれはあたしの不覚だニャ。でも、次はそうはいかないニャ。修行、つけてもらうニャ!」
サキモリは、読み終えたばかりの古文書を閉じ、静かに立ち上がった。
「いいでしょう。ミャオさんは優れた身体能力を持っていますが、その出力の『構造』がひどく非効率です。まずは、力に頼らない戦い方の基礎を整理しましょう」
サキモリが教え始めたのは、ミャオが期待していたような派手な奥義ではなかった。
それは、サキモリの知識にある古の武術――「柔道」と「空手」の入門編を、この世界の物理法則に最適化させた基礎理論であった。
「まず、受け身からです。衝撃を一点で止めず、構造全体で逃がす。それができないと、あなたは自分の力で自分を壊すことになります」
サキモリの指導は徹底していた。
ミャオがこれまで「気合」と「反射神経」で済ませてきた、足の踏み込み、腰の捻り、視線の誘導。
それら一つひとつを解体し、再構築していく。
「腕や足だけで打つのは、末端の力に過ぎません。大地の反動を足裏で受け、骨盤を通して拳に伝える。体重の移動そのものを攻撃の『質量』に変えるのです」
サキモリの言葉に従い、ミャオが正拳突きを放つ。
空気が爆ぜ、背後の大岩に目に見える亀裂が入った。
「ニャっ!? 今、あたし全然力を入れてないのに……!」
「それが『構造』の力です。間合いの取り方も同じです。相手の重心がどこにあるかを観測し、その崩れが生じるコンマ数秒の『隙』に自分の軸を滑り込ませる」
修行にはアリサとエレンも参加した。
アリサは重厚な盾を置き、サキモリの教える「柔」の動きを取り入れることで、自身の「硬さ」を「流し」へと昇華させようと試みる。
エレンもまた、近接戦闘における護身の構造を学ぶべく、真剣な眼差しで型をなぞっていた。
訓練場の端、陽だまりにある岩の上に腰掛けていたルミナは、その光景をニコニコと、聖母のような慈愛に満ちた表情で見守っていた。
「うふふ、楽しそうだねぇ。おじさん、この子とっても筋がいいね。教えたことを、スポンジが水を吸うみたいに自分のものにしていくよ」
ルミナの言葉通り、ミャオの成長速度は凄まじかった。
獣人特有のしなやかな肢体が、サキモリの理に導かれることで、より洗練された「凶器」へと研ぎ澄まされていく。
「……あたし、今までただ暴れてただけだったんだニャ。サキモリの言ってること、ようやく分かってきたニャ」
汗を拭い、ミャオは自分の掌を見つめた。
そこにあるのは、力任せに振るっていた昨日までの拳ではない。
世界の仕組みと調和し、より深く、より鋭く「正解」を突くための武の端緒であった。
サキモリは、そんな彼女の様子を静かに観測し、次の課題を整理し始めた。
(第百九十話へ続く)




