第百八十三話:【獣人王、震える】
第百八十三話:【獣人王、震える】
五将軍たちが肩で息をしながらも、かつてないほど晴れやかで満足げな表情で王の元へ帰還した。
彼らの瞳には、敗北の影など微塵もない。
代わりに宿っていたのは、短時間の「演習」で劇的な変貌を遂げた、武人としての力強い輝きであった。
目の前で、息子である第一王子や信頼する将軍たちが、見違えるほど強靭な「構造」を纏い、たくましく成長させられた姿。
それを見せつけられた獣人王グレンは、もはや己の好奇心を抑え込むことができなかった。
(ああ、見てみたい。あの男が見せている、武の極地というものを――)
グレンの身体が、恐怖ではなく武者震いによって小さく震える。
彼は静かに立ち上がると、腰の愛剣を抜いた。
そこにはもはや、他者を「便利な道具」と侮る傲慢な王の姿はない。
あるのは、傭兵国家としての矜持を抱き、純粋に強者を欲する一人の武人としての熱情であった。
「サキモリ。……一騎打ちを、願いたい」
その申し出に、サキモリは穏やかに微笑んで頷いた。
「いいでしょう。お相手いたします」
アリサから預けていた槍を丁寧に受け取ると、サキモリはそれを正眼に構えた。
二人の視線が空間で交差し、演習場の空気が一瞬で、絶対的な静寂へと塗り替えられる。
満を持して、グレンが大地を蹴り、その大剣を振り下ろそうとした――その瞬間だった。
グレンの視界が、無数の「線」によって埋め尽くされた。
サキモリが構える、自分よりも遥かに短い槍、その拳、その蹴り。
それらが放たれた結果、自分が斬られ、貫かれ、あるいは致命的な一撃を叩き込まれる「未来」が、何千、何万通りもの光景となって脳内に直接流れ込んできたのである。
どの角度から踏み込もうとも、どの術式を編み込もうとも、結末は常に、自分という「構造」がサキモリの手によって解体される未来へと収束する。
「……ッ」
踏み出そうとした足が、凍りついたように動かない。
一歩でも動けば、その瞬間に未来の光景が現実となり、命が刈り取られる。
圧倒的な力の差、いや、存在としての「格」の違い。
カラン、という高い音が静寂を破った。
グレンの手からこぼれ落ちた大剣が、無情にも石畳の上で転がっていた。
それは戦うことすら許されぬ、完全なる屈服の証明であった。
(第百八十四話へ続く)




