第百七十六話:【聖母の毒杯】
第百七十六話:【聖母の毒杯】
エレンの精密な魔法によって髪を焦がし、精神を磨り減らした五将軍。
その惨めな姿を見かねたかのように、今度はルミナがふわりと前に歩み出た。
彼女は「もう喧嘩はやめよう?」とでも言うように、攻撃の意思がないことを示すため両手をひらひらと振りながら、無防備な足取りで将軍たちのもとへ歩み寄る。
「みんな、熱かったよね。かわいそうに。私がすぐに治してあげるからね」
ルミナが慈愛に満ちた瞳で微笑み、手をかざすと、柔らかな黄金色の光が演習場を包み込んだ。
それは彼女が「元孤児院長」として多くの子らを包み込んできた、底なしの優しさが具現化した治癒魔法であった。
光に触れた瞬間、将軍たちの髪の焦げ跡は消え、疲弊した肉体は瞬時に活力を取り戻していく。
しかし、異変はその直後に起きた。
「……っ、なんだ、この感覚は……。体が、熱い……いや、あまりにも、心地よすぎる……」
ルミナの放った魔法は、単なる治癒に留まらなかった。
相手の許容量を遥かに超える過剰な「生命エネルギー」が、濁流となって彼らの精神を浸食していく。
それは普通に回復するよりもずっと穏やかで、魂がとろけるような至上の幸福感。
一度その快楽に呑み込まれれば、剣を握る指先からは力が抜け、戦うという野蛮な衝動は、凪いだ海のような静寂にかき消されてしまう。
五将軍たちはその場に力なく座り込み、じわじわと広がる多幸感の中で、戦意を完全に喪失してしまった。
「よしよし、いい子だね。……ねえ、おじさん。この子たち、本当はそんなに悪い子じゃないよ」
ルミナは、腰が抜けたように穏やかな表情で座り込む将軍たちの頭を優しく撫でながら、後方のサキモリを振り返って微笑んだ。
慈愛とは、時にどんな暴力よりも抗いがたい、甘美な拘束となる。
聖母の如き微笑みを浮かべる少女の前で、獣人国最強の武人たちは、ただ安らぎを貪る子供のように無力化されていた。
(第百七十七話へ続く)




