第百七十五話:【エレンの演算教室】
第百七十五話:【エレンの演算教室】
アリサの盾によって戦意を削がれた五将軍の前に、今度はエレンが優雅に歩み出た。
彼女は杖を掲げることもなく、その明晰な頭脳で虚空に膨大な数式を描き出していく。
「次は、わたくしが『算術』のお相手をいたしましょう」
エレンが指先を動かすと、その場に留まる性質を与えられた、真っ赤な爆裂魔法の矢が次々と生成された。
その数は瞬く間に数百を超え、演習場の空間を埋め尽くす幾何学的な模様のように静止して展開される。
それはまるで、触れれば弾ける光の地雷原であった。
五将軍がその異様な光景に身構える中、エレンは最後の一射として、一発の赤い光の矢を放つ。
その矢は空中で精密に五つへと分解され、五将軍それぞれの眉間を目がけて正確に飛んでいった。
「――っ! くるぞ!」
精鋭たちは本能的な危機感から、それぞれが最適と判断した方向へ回避行動をとる。
しかし、彼らが着地したその先には、あらかじめ計算し尽くされた位置に「静止した爆裂の矢」が配置されていた。
パチッ、という小さな破裂音。
将軍たちが回避した瞬間に、計算通りに配置されていた矢が反応し、彼らの髪の毛一本だけを寸分違わず焼き切った。
肉体への損傷はないが、肌を撫でる確かな熱量と、焦げた匂いが彼らの戦慄を誘う。
「計算が合いませんわね。では、もう一度」
エレンが再び一射を放つと、今度は将軍たちも学習し、大きく距離を取ったり、地を這うように屈んで避けたりと、予測不能な動きを見せる。
しかし、彼らがどれほど不規則に動こうとも、逃げた先には必ず、エレンの演算によって「そこにいるはず」の座標に矢が待機していた。
再び立ち込める、髪が焦げる匂いと、頬を焼く熱。
将軍たちがどれほど必死に立ち回ろうとも、エレンの構築した数式の檻から逃れることはできない。
「わたくしの魔法、きちんと計算通りによけないと、少し熱いですよ?」
首筋に熱を感じながら立ち尽くす将軍たちに、エレンは慈しみさえ感じさせる丁寧な微笑みを向けた。
それは、最強の武を誇る彼らが、赤子のように手の平で転がされていることを自覚させる、最も残酷な「教育」であった。
(第百七十六話へ続く)




