第百七十二話:【黄金の檻】
第百七十二話:【黄金の檻】
王都カーマインに到着したサキモリ一行が案内されたのは、厳重な警備に囲まれた王城の一画だった。
そこは「軟禁」のための場所ではあったが、室内は金糸の刺繍が施された調度品が並ぶ、賓客用の豪華な客室である。
見張りの獣人兵たちが廊下で殺気立っているのとは対照的に、部屋の中にはどこか気の抜けた、穏やかな時間が流れていた。
「わあ、すごいお部屋! おじさん、見て見て、このベッドふかふかだよ!」
ルミナは少女のような無邪気さで大きなベッドに飛び込み、跳ね回る。
サキモリはその様子を眺め、困ったように眉を下げながらも、その瞳には柔らかな光を宿していた。
「そうですね。ですがルミナ先生、あまり跳ねるとシーツが傷んでしまいますよ。……少し、落ち着きましょうか」
サキモリの言葉は、かつて多くの民を救い上げてきた時と同じ、丁寧で落ち着いた響きを持っていた。
彼は腰を下ろすと、慣れない環境に身を置く仲間たちが少しでもリラックスできるよう、まずは自分自身が「日常」の空気を作り出す。
「サキモリ様、厨房の方から素晴らしい食材が届いておりますわ。わたくし、皆様のために温かいお茶をお淹れしますね」
エレンが優雅な所作で茶器を整え始めると、ルミナが勢いよく立ち上がった。
「あ、私も手伝う! おじさん、王宮の食材で最高の料理を作ってあげるから待っててね!」
二人が楽しげに厨房へ向かう背中を見送りながら、アリサは腰の剣を解き、サキモリの隣に座った。
「……サキモリ殿。敵地の中心だというのに、貴殿は相変わらずだな」
「何か、おかしなことがありましたか?」
「いや、ただ……一万の軍勢を前にした時も、この豪華な部屋にいる時も、貴殿の佇まいは少しも揺るがない。その静かな強さが、私には眩しく見えるのだ」
アリサの不器用な称賛に、サキモリは少しだけ照れたように視線を逸らした。
やがて、部屋にはルミナとエレンが王宮の高級食材で作った料理の香りが漂い始める。
廊下で空腹を抱えながら監視していた精鋭の獣人兵たちは、そのあまりに幸福な日常の香りに、戦意どころか使命感さえも削がれていくのを感じていた。
ここは黄金の檻などではない。
サキモリが醸し出す穏やかな空気が、王城の中心に作り出した、誰も侵すことのできない「実家」のような聖域であった。
(第百七十三話へ続く)




