第百七十一話:【無血の終戦】
第百七十一話:【無血の終戦】
眼前のサキモリの後ろに見える戦場に立ち込める熱気と静寂の中、獣人王グレンは自身の瞳が捉えた光景に、これまでにない戦慄を覚えていた。
サキモリが投じた「小石」による衝撃波、アリサの「アイギス」による物理的圧壊、エレンの増殖する光の矢、そしてルミナの思考同期。
それら神域の力の濁流に呑み込まれたはずの一万の「鉄牙大隊」は、累々と地に伏していた。しかし、王の耳に届くのは死の間際の絶叫ではなく、困惑と疲労、そして深い眠りについたかのような穏やかな吐息であった。
「……馬鹿な。これほどの破壊を受けて、誰一人として死んでいないというのか」
グレンは震える声で呟いた。
人類の到達点と自負したレベル50以上の精鋭たちが、羽虫を払うかのような手業で、生命を奪われることすら許されずに無力化されている。
サキモリは、膝を折るグレンの目前までゆっくりと歩み寄り、その瞳に深い慈愛と丁寧さを湛えて視線を合わせた。
彼は決して冷酷な裁定者としてではなく、一人の人間として、傷ついた兵たちを気遣うような優しい声で語りかける。
「これ以上の争いは、誰も幸せにしません。命を奪い合うのはあまりに悲しく、非効率なことです」
その言葉には、ルミナのような包容力と、アリサのように他者を守ろうとする自己犠牲の決意、そしてエレンのような気品ある丁寧さが宿っていた。
彼はグレンの手を優しく取るようにして、穏やかに続けた。
「私たちは、あなた方と敵対したいわけではありません。この平和な日常を守るために、一度、膝を突き合わせてお話ししませんか? 私たちがそちらへ伺います。それで、あなたの心も少しは軽くなるはずです」
それは「出頭」という形式を借りた、サキモリなりの最大の誠実な譲歩であった。
自分たちが相手の懐に飛び込むことで、獣人国の面子を保ち、さらなる流血を止めようとする自己犠牲的な提案。
呆然とするグレンに対し、サキモリはそっと微笑みかけ、周囲の少女たちもその優しさに同調するように武器を収める。
「……よかろう。案内させよう。我が王都、カーマインへ」
グレンは、サキモリの底知れない強さの奥にある「本物の優しさ」に触れ、折れたプライドの代わりに、奇妙な安堵感を覚えていた。
こうして、一万の軍勢を救い上げた四人の旅人は、獣人たちの畏敬の念に包まれながら、王都への「案内」を受けることとなった。
(第百七十二話へ続く)




