第百六十九話:【境界線上の四人:人対神】
第百六十九話:【境界線上の四人:人対神】
地平線を埋め尽くす一万の軍勢。
獣人国カーマインの精鋭「鉄牙大隊」が、銀色に光る鎧の波となって国境線に布陣していた。
その圧倒的な質量と暴力の気配を前にして、バルバロイ側から現れたのは、わずか四人の人影であった。
獣人王グレンは、本陣の馬上からその光景を認めると、喉を鳴らして笑い飛ばした。
「たった四人で、我が軍の進軍を阻むつもりか。サキモリとやら、命が惜しければ今すぐ膝を突き、その身に首輪を繋ぐがいい。そうすれば、後ろの女たちの命だけは助けてやろう」
グレンの嘲笑が戦場に響き渡る。
だが、サキモリはそれを聞き流し、ただ周囲の地形と気流を確認するように、無機質な動作で空を見上げた。
その瞳には、一万の兵士すら世界の「構造」を構成する単なる数値としてしか映っていない。
対峙する軍勢の殺気とは対照的に、四人の間には穏やかな空気が流れていた。
彼らは互いの顔を見合わせ、言葉を交わすまでもなく微笑みを交わす。
それは、これから始まる事象が彼らにとって「確定した作業」に過ぎないことを示していた。
四人は、無言のまま流れるような動作で配置につく。
先頭には、鉄壁の概念を背負う聖騎士アリサ。
その左に、静かな怒りを慈愛の裏側に潜ませたルミナ。
右には、理的な破壊を司る令嬢エレン。
そして後方中央、すべてを観測する位置にサキモリが立つ。
彼らが最後に一度だけうなずき合い、意思を疎通させたその瞬間、戦場を支配していた空気の重みが逆転した。
一万の軍勢という「人」の集団に対し、神域の理を纏った四人という「異質」が、境界線を定義し直していく。
サキモリは静かに腕を上げ、地面に転がるありふれた一つの岩を指さした。
「……その岩を一歩でも越えたら、敵として認識し、適切に処理させていただきます」
淡々とした宣告。
それは警告ではなく、世界の法則が書き換えられたことへの「記録」であった。




