第百六十八話:【盟約の覚悟:守るべきものの再定義】
第百六十八話:【盟約の覚悟:守るべきものの再定義】
獣人国との開戦が不可避であるという情報は、瞬く間にバルバロイの街へと伝播した。
かつて魔族の脅威に晒された記憶が新しい民たちは、強大な獣人軍の接近に再び恐怖し、街は重苦しい絶望に包まれつつあった。
しかし、その静寂を破るように、サキモリ、ルミナ、エレン、アリサの四人が平時と変わらぬ足取りで街へと姿を現した。
サキモリは怯える民たちを一人ひとり見据え、感情を排した、しかし揺るぎない確信を込めてただ一言だけ告げる。
「何も変わらない。安心していて大丈夫です」
その言葉は、単なる気休めではなく、すでに確定した「構造」を読み上げるかのような静かな響きを持っていた。
サキモリの言葉を補うように、傍らの少女たちもまた、それぞれの温度で民の心に寄り添っていく。
「ここは戦場になんてならないから、安心して。ほら、そんな顔してないで、夕飯に美味しいものでも食べなさいよ」
ルミナはサキモリを「おじさん」と呼ぶいつもの調子で、近所の子供たちに笑いかける。
その屈託のない笑顔は、死地へ向かう者の悲壮感など微塵も感じさせない。
「この平和はずっと続くとお約束しますわ。わたくしたちが、不穏な影をすべて払い除けて差し上げます。きっと、今日もぐっすり眠れますから」
エレンは気品ある微笑みを湛え、不安に震える老人の手を優しく包み込んだ。
彼女の身から漏れ出す清冽な魔力は、人々の昂ぶった精神を穏やかに鎮めていく。
「安心してください。私たちがいつでも駆けつけて守ってみせます。ずっと。いつでも」
アリサは元騎士団長としての凛とした佇まいを保ちつつも、不器用ながらに力強い言葉をかけた。
その言葉には、理不尽な侵略から民を、そしてサキモリの隣を守り抜くという、聖騎士としての静かなプライドが宿っていた。
絶望に沈んでいた民たちは、かつての「勇者」という偶像を超え、絶対的な安心感を与える四人の静かなカリスマ性に、いつしか心からの安堵を抱き始めていた。
四人は、自分たちを信じて日常に戻ろうとする民たちの背を見届けた後、示し合わせたように歩みを止める。
サキモリを先頭に、ルミナ、エレン、アリサの四人だけが、数万の軍勢が待ち構える国境へと向かって、迷いなく歩き出した。
(第百六十九話へ続く)




