第百六十六話:【宣戦の儀:砕かれた書状】
第百六十六話:【宣戦の儀:砕かれた書状】
跪き、震える使者たちの前で、サキモリは静かに手を伸ばした。
その指先が、テーブルに置かれた獣人王の親書を拾い上げる。
サキモリは何も語らず、ただ片手でその書状を握りしめた。
次の瞬間、周囲の空間が歪むほどの高密度な圧力が一点に集中する。
魔力による破壊ではない。
純粋な物理的圧力だけで、強靭な獣の皮で編まれた羊皮紙は瞬時に粉砕され、指の間から砂よりも細かい塵となって床へ零れ落ちた。
「対等な同盟か、あるいは敵対か。……選んでください」
サキモリの声は、感情を排した記録装置のように淡々としていた。
「もし敵対を選ぶのであれば、私はこの国々を全力で守ります。
そちらが消滅するか、あるいは侵略を諦めるまで、私は止まりません」
その宣言は、勇ましい鼓舞ではなく、確定した未来を告げる「構造」の提示であった。
サキモリは、自分たちがもはや既存の国家という枠組みや、脆弱な法体系で制御できる存在ではないことを、その圧倒的な実力をもって無機質に突きつけたのである。
国家という巨大な機構すら、彼という「変数」の前では塵に等しい。
「……ひ、ひぃっ……!」
もはや外交の体裁を保てる者は一人もいなかった。
獣人国の威光を背負っていたはずの使者たちは、恐怖という根源的な本能に支配され、無様に床を這いずるようにして謁見の間を逃げ出した。
バルバロイの門を抜けるまで、彼らが後ろを振り返ることは二度となかった。
嵐が去った後のような静寂の中、サキモリはふう、と小さく息を吐く。
「……おじさん、ちょっとやりすぎだよ」
隣にいたルミナが、腰に手を当てて膨れっ面でサキモリを睨んでいた。
「すみません、ルミナ先生。必要なことでしたので」
先ほどまでの神のごとき威圧感はどこへやら、サキモリは恐縮したように頭を下げる。
その様子を見て、エレンは花が咲くような笑みを浮かべてサキモリの手を取った。
「いいえ、さすがはサキモリ様ですわ。
あのような無礼な方々には、分を弁えさせる必要がありましたもの」
「ああ、私もエレンと同意見だ。
さすがサキモリ殿、あれくらいやった方がいい。我らの誇りを踏みにじる者に、容赦は不要だろう」
アリサもまた、満足げに頷きながら腰の剣を鳴らした。
少女たちの三者三様の反応を受けながら、サキモリはただ、遠く東方の空へと視線を向け、静かに次の「構造」を思考し始めていた。
(第百六十七話へ続く)




