第百六十三話:【嵐の前触れ:獣の遠吠え】
第百六十三話:【嵐の前触れ:獣の遠吠え】
外交官の震える指が、獣の紋章が刻印された羊皮紙を広げる。
それは東方の人類諸国連合の一角、獣人国カーマインからの正式な通告であった。
書状が読み上げられるにつれ、列席する幹部たちの顔から血の気が引いていく。
記されていたのは、共闘の要請ではなく、一方的な隷属の宣告であった。
・「盾の盟約連合」の即時解散。
・加盟各国が保有する軍戦力の二割を、対魔族戦線への補填として徴兵すること。
・獣人国カーマインへの完全従属。
そして、最も不遜な一条が読み上げられる。
「ジャバウォックを屠った特異個体『サキモリ』、およびその随行者らの即時徴用」。
その文言は、サキモリたちの規格外の力を国家という機構に組み込み、「有効活用してやる」という支配欲に満ち満ちていた。
「……故郷の祖国のような物言いですね。懐かしいです」
サキモリが静かに呟いたその言葉には、かつての境遇をなぞるような冷徹な響きがあった。
しかし、その背後に控える三人の少女たちは、それぞれの温度でこの無礼な書状に反応を示す。
「ねえ、おじさん。あいつら、私たちが誰に従っているのか全然わかってないみたい。随行者だなんて、随分と滑稽な認識だね」
ルミナは呆れたように肩をすくめ、サキモリの顔を覗き込む。
その口調は親しげで軽やかだが、瞳の奥にはサキモリを道具扱いする者への、隠しきれない鋭い光が宿っていた。
「サキモリ様を、そのように……。あまりに悲しい考え方ですわ。
わたくしの魔法は、大切な方々を守るためにあります。このような不純な意思に汚されるくらいなら、わたくしがすべて包み込んで、穏やかに消し去って差し上げましょうか」
エレンはサキモリの袖をそっと掴み、潤んだ瞳で見上げながらも、その身から漏れ出す魔力は静かな怒りを帯びて清冽に澄み渡る。
「サキモリ殿。私の盾は、正しき理を守るためにある。
国を背負う誇りなき者に、この剣を振るう価値はない。彼らの不遜な牙がこの地を汚すというのなら、聖騎士の誇りにかけて、一歩も通さぬことを誓おう」
アリサは腰の剣に手を添え、元団長としての凛とした口調で宣言する。
その視線は厳格な騎士のそれでありながら、隣に立つサキモリに対しては、全幅の信頼を預ける柔らかな決意が混じっていた。
サキモリは、三人の少女たちの人間らしい反応を受け流しながら、無表情に書状を見つめ続けていた。
構造は提示された。
あとは、この傲慢な「仕組み」をどう処理するか、それだけだ。
(第百六十四話へ続く)




