第百五十六話:【東方の防波堤:大帝国クリスタ】
第百五十六話:【東方の防波堤:大帝国クリスタ】
大陸アステリアの南東。
人類諸国連合の盾となる大帝国クリスタの最前線は、物理法則すらも「死」に侵食された、極めて密度の高い戦場だ。
上空を埋め尽くすのは、音速の壁を軽々と置き去りにする魔族の飛翔個体。
それらが放つ、都市一つを容易に更地にする殲滅魔法に対し、レベル九十九の魔導勇者が「カウンタースペル」をぶつける。
本来であれば天地を焼くはずの魔力は空中で反射され、そのまま放った本人を直撃する。
だが、その反動を浴びてなお、魔族の軍勢は墜ちない。
炭化した肉体を剥がしながらも、彼らは当然のように空中を支配し続けている。
地上でもまた、不変の絶望が繰り返されていた。
一人の勇者が聖剣を抜き、大地を揺るがすような一撃を叩き込む。
原子力空母を縦に裂くほどのその斬撃は、数キロメートルに及ぶ岩盤を割り、数多の魔族を切り裂いた。
しかし、斬られた部位から即座に肉芽を再生させる者、あるいは致命傷を負いながらも歩みを止めぬ者。
勇者の全力をもってしても、仕留められたのは全軍の一割に過ぎない。
「……南中央のジャバウォックが、墜ちました」
血と魔族の体液、そして硝煙に塗れた前線の天幕に、冷徹な報告が届く。
一国の王をも屠る小魔王の死。
だが、ここで戦う勇者にとって、それは「主戦場の外側で起きた、小さな一石」に過ぎなかった。
「そうですか」
愛剣の刃を静かに研いでいた勇者は、わずかに表情を緩める。
そこには、辺境の勇者を侮るような傲慢はない。
大気そのものが「七魔王」という神域の絶望に圧迫されているこの地では、明日を見ることすら賭けのようなものだ。
彼らにとって、ジャバウォックの死は「手が回らなかった小魔王を一匹削った」という、純粋な戦況の進展を意味していた。
「いずれ、この地獄まで辿り着いてもらいたいものだ。我らが相手をしている『親』たち――七魔王の首に、その刃を届かせるために」
勇者の瞳に宿るのは、戦友を渇望するような、静かな期待の熱。
サキモリという新たな変数が、この停滞した絶望にどのような風穴を開けるのか。
その小さな希望を胸の奥へ仕舞い込み、人類最強の戦力は再び、再生を続ける怪物たちの群れへと背を向けた。
(第百五十七話へ続く)




