第百五十一話:【記憶の殻を集める者】
第百五十一話:【記憶の殻を集める者】
聖域に、深淵を揺るがすような長い沈黙が流れた。
舞い上がる雪の結晶は、古龍ニドヘグから溢れ出す濃密な魔力に触れ、結晶のまま虚空に静止している。
動けない四人を眼下に、竜はただ静かに「思考」していた。
それは数万年という悠久の時を生きる神の視点による、冷徹かつ巨大な演算であった。
(……理を超えたか。矮小なる羽虫共が、我という不変に一石を投じた)
竜の眼差しの先には、サキモリの拳によって穿たれた眉間の空白があった。
ただの暴力ではない。
個々の力では届かぬ絶壁を、互いの魂を共鳴させ、存在を支え合い、論理的な極致を叩き込むことで超えてみせた「絆」という名のシステム。
それは、かつてニドヘグが記憶したどの英雄や魔王とも異なる、異質で、歪で、しかし美しい輝きを放つ「変革」の種火であった。
(滅ぼすには……惜しい。我が記憶の殻に、これほど鮮烈なノイズを刻んだ者は他にない)
ニドヘグは決断した。
彼らをここで屠り、塵に還すことは容易い。
だが、この異質なる個体たちが、これからこの世界というシステムの中でどのような「バグ」を引き起こし、歴史をどう色づけていくのか。
それを観測し続けることこそが、退屈な永劫を生きる自分にとっての「遊び」にふさわしい。
『――認めよう。お前たちは、もはや単なる虫けらではない』
竜の意志が、震える大気を通じて直接脳内に響く。
ニドヘグの巨躯から、黄金の光を孕んだ蒼い魔力の粒子が、慈雨のように四人の体へ降り注いだ。
それは、この聖域の王が永永無窮の守護を、そして「永続的な観測対象」としての資格を授ける聖なる加護であった。
『お前たちの「絆による連携」という理が、どこまで届くのか。我が記憶の記録者として、その生を繋ぎ留めることを許そう』
サキモリは、意識の混濁の中でその言葉を聞いた。
圧倒的な強者からの承認。
それは屈服でも隷属でもなく、神の視界の中に「主体」として招き入れられたことを意味していた。
ニドヘグはゆっくりと翼を閉じ、再び山のごとき沈黙へと戻っていく。
その瞳には、彼らがこれから引き起こすであろう「嵐」への、微かな期待が宿っていた。
「お前たちの歩みが、我が記憶をどこまで色づけるのか……見届けよう」
竜の言葉が聖域に溶ける。
その瞬間、四人を包む魔力の光が爆発的な輝きを放ち、彼らの本質を根底から書き換えようと動き始めた。
(第百五十二話へ続く)




