第百五十話:【敗北の美学】
第百五十話:【敗北の美学】
三度。
世界を白無へと還す古龍の極光が、聖域の頂を焼き尽くした。
アイギスの盾は、ブレスの奔流に晒されるたびに粉々に砕け散り、そのたびに四人の執念が破片を繋ぎ止め、新たな「門」を再構築した。
アリサの咆哮、エレンの魔力、ルミナの演算、そしてサキモリの存在維持。
そのすべてが限界を超え、魂の最奥を削り出すことで、ついに最後の一撃が霧散する。
静寂が、戻った。
「……あ……」
最初に、アリサの腕から力が抜けた。
実体化していた概念盾が砂のように崩れ落ち、続いて四人は糸の切れた人形のように、赤く染まった雪原へと折り重なるように倒れ込んだ。
全リソースの枯渇。
九〇%の維持どころか、もはや指一本動かす魔力も、瞼を持ち上げる氣も残っていない。
サキモリの全身からは気化した血の霧が失せ、ただ酷使された肉体の熱だけが雪を溶かしている。
対する古龍ニドヘグは、依然として山のごとくそこに在った。
負傷は、眉間の鱗が一枚剥がれ、紺碧の血が一滴垂れたのみ。
四人が命を燃やし、世界の理を書き換えて挑んだ結果が、これだ。
完全なる、敗北。
しかし、次に続くはずの滅びの咆哮は響かなかった。
ニドヘグは、ボロボロになりながらも互いの手を握りしめ、重なり合って倒れる四人の「羽虫」を、静かに、ただ静かに見下ろしていた。
そこには、もはや当初の退屈な観測も、一瞬の激憤もなかった。
あるのは、理解を超えたあがきを見せた者たちへの、深淵のような敬意。
「……げほっ、……はは。……やはり、化け物……ですね」
サキモリは、隣に倒れるアリサの手を握り返し、霞む視界で竜を見上げた。
勝てなかった。届かなかった。
だが、四人の魂が一つに溶け合ったあの瞬間、彼らは確かに神の領域にその爪痕を残した。
その「確かな手応え」が、敗北の虚無を塗りつぶしていた。
ニドヘグが、大きく一つ、深呼吸をする。
その巨躯から発せられたのは、大気を震わせる物理的な声ではなく、意識の奥底に直接響く「意志」の波動だった。
『面白い。……羽虫が、我が記憶に――消えぬ「傷」を刻んだか』
竜の瞳が、黄金の光を湛えて細められる。
それは、弱者を切り捨てる拒絶の光ではない。
己が認めた強者へと贈る、試練の終わりと、新たなる契約への「招待」の響き。
聖域の空が割れ、竜の体から溢れ出した魔力が、横たわる四人を優しく包み込んでいく。
(第百五十一話へ続く)




