第百四十八話:【一瞬の一〇〇%】
第百四十八話:【一瞬の一〇〇%】
竜の眉間。
その絶対的な防壁の奥に、唯一「理」が剥き出しになる場所――逆鱗の隙間を、サキモリの網膜が捉えた。
「全員……一瞬、預けます」
サキモリの言葉と同時に、三人のヒロインとのリンクが異常な輝きを放つ。
九〇%という安定の限界を捨て、サキモリは存在の最深部にあるレバーを、迷いなく最大まで引き倒した。
出力、一〇〇%。
その瞬間、世界の解像度が「ノイズ」によって崩壊した。
常人の三倍を超える心拍。
血流と肉体の耐久力は三十倍へと跳ね上がり、生命力、出力、タフネスは九〇倍という異常なまでの飛躍を遂げる。
「――っ、が、ぁ……ッ!」
サキモリの全身の毛細血管と神経が、溢れ出す奔流に耐えきれず断裂と再生を、刹那の間に数千回繰り返す。
終わりなき激痛が全身を焼き、肉体から立ち上る血液は気化して不気味な「黒い霧」となって彼を包み込んだ。
身体の輪郭が現実の物理法則から剥離し、淡い光の粒子となって霧散し始める。
それは個体が許容できる魂の燃焼を完全に超えた、神域への片道切符だった。
(消えさせない……! 私たちが、あなたをここに繋ぎ止める!)
意識の中に、三人の力強い叫びが響く。
霧散しかけるサキモリの存在を、ルミナ、エレン、アリサが自らの魂の重みで現世へと強引に繋ぎ止める。
三人の魔力と絆が、この壊れゆく「最強の仕様」を維持するための強固な外骨格となっていた。
「――中段、正拳突き」
黒い霧を纏ったサキモリが、静かにその右拳を突き出す。
近代戦術の極致たる、最短の軌跡。
三人の底なしの魔力がその一拳に凝縮され、全エネルギーが分子レベルの極小の「針」へと変換される。
時間が停止したかのような静寂。
物理的な「重さ」を超え、概念的な「理」すらも貫く至高の一撃。
――……。
音そのものが消失した。
音速を、そして知覚の限界を置き去りにした正拳が、古龍ニドヘグの眉間に吸い込まれるように着弾する。
一呼吸置いて、世界を粉砕するような爆音が聖域に轟いた。
「おおおぉぉぉッ!」
凄まじい衝撃波がサキモリの拳から逆流し、周囲の空間をひび割れさせる。
神の装甲、不動の象徴であった竜の皮膚。
そこに、一〇〇%の「黒い一撃」が理をねじ込んだ。
カラン、と。
永遠に等しい時を刻んできた結晶質の鱗が、一枚、無残に弾け飛ぶ。
紺碧の血が、一滴。
白銀の雪の上に鮮烈な赤を刻む。
それは数万年の歴史の中で、いかなる天災も、いかなる軍勢も成し遂げられなかった「明確な負傷」であった。
サキモリの存在が、三人の手に引かれるようにして霧散の淵から実体を取り戻す。
気化した血の霧が雪原に降り積もる中、古の王の瞳に宿る色が、静かな観測から「激憤」へと一変した。
(第百四十九話へ続く)




