第百四十五話:【不合格の宣告】
第百四十五話:【不合格の宣告】
古龍ニドヘグは、深淵を湛えた眼差しをサキモリから逸らした。
その無関心は、鋭利な刃物よりも冷徹にサキモリの存在価値を否定していた。
竜が発した「言葉」ではない意志が、聖域の空気に直接刻み込まれる。
――器は既に壊れ、知恵という名の小細工を弄するだけの欠陥品。
独りでは神の領域に一ミリも届かぬ、無力な羽虫。
それがニドヘグが導き出した、サキモリという個体への最終評価であった。
だが。
雪原に膝を突き、全身から鮮血を流すサキモリの唇が、不自然に吊り上がった。
「……ハ、ッ……。不合格、ですか。それは……最高の誉め言葉です」
掠れた声。
しかし、その瞳には絶望の色など微塵もなかった。
サキモリは折れた肋骨を庇いながら、ゆっくりと、しかし確かな動作で立ち上がる。
血に塗れた顔に浮かぶのは、狂気とは異なる、冷徹な勝利の確信だった。
「確かに、私は欠陥品です。二十年の戦場で心を削り、この世界へ来る頃には、独りでは何も生み出せない『防波堤』へと成り下がっていました」
サキモリは一歩、竜の視線の先へと踏み出した。
「ですが……お忘れですか? 私が一人で戦うのは、この世界に召喚される前の『古い仕様』の話です」
サキモリの言葉と同時に、背後で爆音のような魔力の震動が響いた。
ニドヘグがその巨躯を僅かに震わせ、視線を戻す。
そこには、竜の絶対的な重圧を「自力で」撥ね退け、立ち上がる三人の影があった。
「おじさんを……これ以上、傷つけさせない……ッ!」
「サキモリ様を欠陥品と断じたこと、その傲慢、後悔させて差し上げますわ!」
「サキモリ殿、お待たせしました。……盾は、ここにあります!」
ルミナが演算の海を掻き乱し、エレンが魔力の奔流を束ね、アリサが折れない意志を金剛の壁へと変える。
サキモリが独りで戦い、無様に敗北を演じていた時間。
それはただの暇つぶしではない。
三人が竜の重圧に「適応」し、その支配構造を内部から食い破るための、血を流して稼いだ極限の「時間稼ぎ」だったのだ。
「私一人の限界など、最初から計算の内(前提)ですよ」
サキモリの背後に、ルミナ、エレン、アリサが整列する。
連結が再起動し、断絶されていた魔力のパスが、以前よりも太く、熱く、四人の魂を接続した。
サキモリの「脳」を核とし、三人の「力」を四肢とする、単一の戦闘システム。
「さあ、始めましょうか。これが――最新のアップデートを終えた、私たちの戦い方です」
竜という理不尽に対し、羽虫たちが牙を剥く。
聖域の空気が、かつてないプレッシャーによって真紅に染まり始めた。
(第百四十六話へ続く)




