第百三十七話:【雪のエレメンタル】
第百三十七話:【雪のエレメンタル】
垂直に近い氷の絶壁を、サキモリは一歩ずつ抉るように進む。
エレンの魔力ブーストを受けたサキモリの腕が、凍てついた雪原を砕き、ヒロインたちのための足場を強引に作り出していた。
だが、自然という暴力に追い打ちをかけるように、吹雪の向こうから「それ」は現れる。
輪郭の定まらない、巨大な雪の塊。
物理透過能力を持つ「雪のエレメンタル」だ。
それは数時間おきに、まるで一行の体力が尽きる瞬間を狙うかのように、静寂の中から這い出してくる。
「……また来ましたわ! 矢が、魔法が、相手に当たる前に消えてしまいます!」
エレンの放つ火炎魔法から作り出した魔法の矢ですら、過酷な環境と吹雪、高濃度の冷気大気によって着弾前に霧散させられる。
エレメンタル自体は触れられれば、その瞬間に細胞の一つ一つが凍結し、崩壊する即死の抱擁。
「アリサ殿、焦る必要はありません。敵の『透過』は、魔力波形を環境の冷気に同調させているに過ぎない」
サキモリは掘削の手を止めず、背後のアリサに冷静な指示を飛ばす。
「アイギスの表面に『熱伝導率』を極限まで高めた魔力のスパイクを形成してください。硬度ではなく、エネルギーの『移動速度』を優先するのです。相手が触れた瞬間に、その凍結エネルギーを逆流させます」
「熱伝導……逆流……。はい、やってみせますッ!」
アリサはサキモリの「論理」を瞬時に理解した。
展開された概念盾『アイギス』の表面から、真紅に熱せられた幾千の魔力棘が突き出す。
それはただの熱い棘ではない。
冷気という負のエネルギーを、アイギスのスパイクが「触媒」となって強制的に吸収、強固な魔力へと変換し、敵の構造そのものを内部から焼き切る「攻防一体」の術式だ。
「はぁッ!」
襲いかかるエレメンタルを、アリサは盾で真っ向から受け止めた。
接触した瞬間、敵の冷気はスパイクを通じてアリサの魔力に上書きされ、物理透過の理を失った雪の塊へと「固定」される。
直後、熱を帯びた魔力が棘の先端から爆発的に放たれ、エレメンタルは内側から粉砕された。
「……倒せました! 敵の冷気が、私の盾を支える力に……!」
サキモリの「相性戦術」を完璧に習得し、戦いの中で進化してみせたアリサ。
ただ守るだけだった盾が、今は「理」を逆手に取った最強の矛へと変貌を遂げている。
だが、敵を退けるたびに、周囲の気温はさらに異様な低下を見せ始めた。
「……気温、さらに氷点下五度低下。大気の抵抗が増しています」
サキモリの観測通り、山そのものが明確な殺意を持って一行を拒絶していた。
登れば登るほど、世界は色を失い、侵入者の体温を最後の一滴まで吸い尽くそうとする「山の意志」が、静かに、しかし確実に牙を剥く。
(第百三十八話へ続く)




