第百三十話:【門の開放と戦慄】
第百三十話:【門の開放と戦慄】
「…………当たった……。あの距離、あの乱気流を抜けて……あり得ぬ」
精霊の守護者が、震える声で零した。
数キロ先の山頂で弾けた『灯火』の残光を、精霊としての鋭敏な感覚が捉えている。
それは、精霊族が数千年の歴史の中で培ってきた「魔法の常識」が、跡形もなく粉砕された音でもあった。
サキモリは連結を解き、静かにエレンの肩から手を離した。
四人を繋いでいた高密度の情報バイパスが霧散し、森に元の静寂が戻る。
サキモリは手元の懐中時計を一瞥し、感情の欠落した声で告げた。
「弾道計算との誤差、コンマ〇.二ミリ。風の息を考慮すれば、許容範囲内ですね」
その言葉に、精霊たちは背筋が凍るような戦慄を覚えた。
彼らが「奇跡」と呼ぶべき一撃を、この男は「計算の結果」と切り捨てたのだ。
門番は悟った。目の前の男は、単に強い「個」ではない。
アリサという不動の基盤。
ルミナという膨大な記憶と演算の補助。
エレンという高出力の砲身。
それら三人の英雄を、サキモリという「頭脳」が完全に支配し、一つの巨大な、そして残酷なまでに精密な「兵器システム」へと変貌させていた。
「個々の力を足し合わせたのではない……。この男は、我々の知らない『理』で、力を掛け算している……」
守護者の独白は、もはや恐怖に近い。
一人では成し得ないことを、最適化によって成し遂げる。
その未知の論理こそが、精霊たちが初めて直面した「異物」の正体であった。
「試練は達成されました。……門を開けていただけますか。スケジュールに遅れが出ています」
サキモリの淡々とした催促に、門番は抗う術を持たなかった。
地響きと共に、数千年の間、不遜な侵入者を拒み続けてきた『古樹の門』が、中央からゆっくりと崩れ落ちるように左右へ分かれていく。
立ち昇る古びた魔力の煙を背に、サキモリは息一つ乱さず歩み出した。
その後ろを、誇らしげに、しかしサキモリへの深い畏怖を湛えた瞳で三人のヒロインが続く。
門が開いた先。
森の最深部、全ての光が吸い込まれるような静謐の玉座に、それはいた。
揺らめく影。
この森の意志そのものであり、単独の状態――すなわち出力10%のサキモリにとっては死に等しい圧倒的な質量を持つ存在。
精霊王の影が、静かに「異物」の到来を待っていた。
(第百三十一話へ続く)




