第百二十八話:【物理アンカーの固定】
第百二十八話:【物理アンカーの固定】
「……標的、完全捕捉。ですが、このままでは放てません」
サキモリの網膜に投影された計算結果は、冷酷な真実を告げていた。
標的までの距離、四二〇〇。魔力の矢が音速を超えて大気を切り裂く際、その反動はエレン一人の細い体では到底受け止めきれない。
発射の瞬間に生じるわずか数ミクロンの「揺れ」は、数キロ先では致命的な「キロメートル単位の誤差」へと増幅される。
「アリサ殿、機材としての『重量』を貸してください。エレンさんの背後へ。……ルミナ先生、同期はそのまま。情報バイパスを開放し続け、演算精度を最大に維持してください」
サキモリの指示が飛ぶ。
アリサがエレンの背後に密着するように立ち、聖盾『アイギス』を地面に深く突き立てた。
盾から発せられる物理安定の波動が、地面とアリサの体を一体化させる。
それはもはや騎士ではなく、堅牢な砲座そのものだった。
「ルミナ先生は左。私は右。……全員、四肢を連結。魔力のバイパスを『安定化』させ、物理的な質量と情報の流れを一つに束ねます」
サキモリの指示で、ルミナとサキモリ自身がエレンの左右からその肩を、腕を、がっしりと支え込んだ。
中央で弓を引き絞るエレン。
その背後を支える鉄壁のアリサ。
左右を固めるルミナとサキモリ。
四人が互いに肌を接し、密着する。
ルミナを中継地点とした精神の回線が、四人の間で激しく魔力と情報を循環させていた。
サキモリの脳が弾き出す「弾道予測」がルミナを通じてエレンの網膜を焼き、エレンの「魔法視野」が捉える光景をサキモリが解析する。
それは親愛の抱擁などではない。
近代兵器における「多脚砲台」や「射撃管制システム」を生身の人間と精霊の肉体で構築する、極めて無機質で合理的な結合だった。
「アリサ殿の盾を物理アンカーに。エレンさんの余剰魔力は、バイパスを通じてルミナ先生と私に分散し、負荷を相殺します。……これで、この狙撃台は『不動の演算機』となりました」
サキモリが四人の呼吸を数え始める。
極限の緊張感の中、個々の鼓動が同期し、一つの巨大な「精密機械」へと変貌していく。
精霊の守護者は、その異様な光景に圧倒されていた。
個の力を競うはずの試練の場で、彼らは自らを「部品」へと昇華させることで、神の領域の精度を手に入れようとしていたからだ。
「……各部、最終チェック。風向、変化なし。バイパス同期率、九八%。……システム、オールグリーン」
サキモリの眼鏡のない瞳が、冷徹なセンサーのように標的を見据える。
四人の結合を通じ、凄まじい密度のエネルギーがエレンの番える指先へと収束していく。
「カウントダウンを開始します。……三、二、一」
静寂が、森を支配した。
「――総員、衝撃に備えてください」
(第百二十九話へ続く)




