表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者召喚、ヤバいのが混じってた。 ~近代兵器と戦い抜いた男は、異世界で慈愛を振るう~  作者: 風水
第四幕・第三章:精霊の大森林編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
120/133

第百二十一話:【波形の観測】

第百二十一話:【波形の観測】


「――止まってください。これ以上は、五感というインターフェースが保ちません」


サキモリの低く、乾いた声が原生林の入り口に響いた。

一歩。たった一歩、アステリア大陸の『未踏の原生林』に足を踏み入れた瞬間、世界は変質した。


頭上を覆う巨大な樹冠からは、陽光の代わりに粘り気のある「闇」が滴り落ちている。

色彩は混濁し、右を向けば左の景色が流れ、地面はまるで液化したかのように足元でうねっていた。


「……っ、サキモリ殿! 下がってください!」


白銀の鎧を鳴らし、アリサが前に出る。

手元で概念盾『アイギス』が白光を放った。


物理的な破壊だけでなく、あらゆる魔的干渉を遮断する騎士の誉れ。

だが、その光すらも霧に吸い込まれ、輪郭がボヤけていく。


「敵が見えませんわ……! サキモリ様、これは……呪い、ですの?」


エレンが弓を番えたまま、苦しげに問う。


優れた視力ですら、数メートル先の樹木が怪物に見えたり、愛用の弓が蛇に変わったりする幻覚に晒されていた。


一方、サキモリは膝を突き、指先で懐中時計の竜頭を巻いていた。

現在の出力は、わずか10%。戦闘能力は皆無。


だが、その佇まいに動揺はない。


並行世界の戦場にて、二十年間にわたり空母や爆撃機を相手に刀一本で抗い続けた「兵士」の精神は、五感が揺らぐ程度では崩れなかった。


「ルミナ先生、同期を維持してください。私の意識が表層から滑り落ちそうになったら、強制的に『現在地』をリライトして呼び戻すんです」


「了解……。でも、おじさん、無理はしないで……」


背後で、癒やしと記憶を司るルミナがサキモリの肩に手を置く。


ルミナという「メモリ」がなければ、サキモリの自己同一性は今ごろ霧に溶け去っていただろう。


サキモリは、歪む視界の中で懐中時計の秒針だけを凝視していた。


(……一秒、二秒。三秒で色彩が反転します。四秒で耳鳴り。五秒で心拍数が15%上昇……。パターンが見えてきました)


異常事態を「恐ろしい精霊の魔法」とは捉えない。


脳内にある近代兵器の知識――電子戦における信号解析のフレームワークが、幻想的な脅威を無機質なデータへと置換していく。


「アリサ殿、盾の光を一定周期で明滅させてください。三秒点灯、一秒消灯です。エレンさん、魔力矢を放ってはいけません。弦を弾いて音だけを響かせるんです。メトロノームのように」


「は、はい!」


「了解いたしましたわ、サキモリ様!」


指示通り、白銀の光が明滅し、硬質な弦の音が森に響く。


幻覚の渦中で、その「規則正しいリズム」だけが、唯一の現実の楔として一行を繋ぎ止める。


「サキモリ殿、何がわかったのですか?」


アリサが盾を構え直しながら問う。


サキモリは立ち上がり、鋭い眼光で霧の深淵を射抜いた。

その瞳には、もはや恐怖の色はない。


「この森を覆っているのは、意志ある攻撃ではありません。一定の周波数で全方位に放射されている、広域帯の『精神干渉波』です」


サキモリは、歪んだ光景を指差した。


「特定の波長を脳の認知領域にぶつけ、情報の処理順序を意図的にズレさせている。中枢神経に対する物理的なノイズ……。軍事用語で言うなら、これは魔法などではありません。――ただの『ジャミング』です」


「ジャミング……?」


聞き慣れない言葉に、エレンが首を傾げる。


「そうです。神秘でも何でもない、単なる物理現象に過ぎません。波形さえ特定できれば、打ち消す方法はいくらでもある。……精霊だか何だか知りませんが、随分とアナログな防御システムを使っているようです」


その断定が下された瞬間。


ざわり、と原生林の空気が震えた。


解析されたことを嫌ったのか、あるいは「理」を暴かれたことに驚いたのか。


深い霧の奥、数千年間も人間を拒絶し続けてきた沈黙の奥底から、無数の、そして冷徹な「視線」が、出力10%の異邦人を射抜いた。


「アリサ殿、エレンさん、ルミナ先生。……『電子戦』を始めます。私の観測を信じてください」


サキモリの静かな宣言が、大森林の静寂を切り裂いた。


理不尽な魔法の支配を、近代の論理が侵食し始める。


(第百二十二話へ続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ