第百十二話:最後の命令:二度と戦うな
第百十二話:最後の命令:二度と戦うな
「……サキモリ殿を、戦線から完全に離脱させる」
王立魔導研究所の冷たい沈黙を破ったのは、王国軍上層部からの非情な、そしてあまりに慈悲深い通達だった。
診断結果は「存在の摩耗」。サキモリが全力を振るえば、彼というシステムはこの世界から完全に消滅する。
それは人類にとって、最強の切り札を永遠に失うことを意味していた。
「納得がいきませんわ!」
エレンが激しく机を叩いた。
お淑やかな姫君としての平穏を捨て、その瞳には怒りの火が灯っている。
「サキモリ様を、ただ壊れるのを待つだけの置物にするというのですか?
そんなことが、これまでの彼の献身に対する報いだと言うのですか!」
一方で、アリサはただ拳を震わせ、唇を噛んでいた。
騎士として軍の決定には従うべきだ。
だが、彼女の剣は、守るべき主が失われるという未来を断固として拒絶していた。
「合理的な判断です」
騒然とする室内で、サキモリだけが感情を排した声で応じた。
「故障し、自壊の危険がある兵装を前線から下げるのは当然の帰結。……私は後方で戦術解析に回るべきでしょう。アリサ殿、エレン。それが最適解です」
「嘘をつかないで!」
ルミナの叫びが響いた。
彼女はサキモリの、陽炎のように揺らめく手を、逃がさないように強く握りしめる。
「おじさんは、また一人で全部片付けようとしてるんでしょ?
自分が消えても、人類さえ守れればそれでいいって、そう思ってるんでしょ!」
「……否定できません。私は人類を守るために召喚された兵器です。
目的(勝利)のためにリソース(私)を使い潰すのは、戦術的に最も合理的です」
サキモリの言葉は正論だった。
だが、その正論は、目の前の少女たちの心を鋭く切り裂いた。
「サキモリ殿。貴殿は、我らを侮辱するのか」
アリサが静かに、けれど重い一歩を踏み出す。
「貴殿が兵器だというのなら、我らはその付属品か?
守られるだけの荷物か? ……否。我らは貴殿と共に戦うために、ここにいるのだ」
「おじさんは兵器じゃない」
ルミナが、溢れそうになる涙を堪えてサキモリを正面から見据えた。
「私たちの……かけがえのない『大切な仲間』なんだから。
勝手に自分を捨て駒にするなんて、私が……私たちが絶対に許さない!」
「……ルミナ先生」
サキモリが、微かな困惑と共にその名を呼ぶ。
彼が長年信じてきた「兵器としての自律性」という構造が、三人の熱量によって急速に融解していく。
「サキモリ様。提案がございますわ」
エレンが涙を拭い、凛とした表情で新たな「構造」を提示した。
「貴方が一人で戦えないのなら、私たちが貴方の『外部拡張ユニット』になります。
貴方が力を振るう際の負荷を、私たちが魔法と物理の盾で分担し、その存在をこの世界に繋ぎ止める……。
四人で一組の、新しい戦術単位を組むのです」
一人で戦えば消滅する。
ならば、一人で戦わせなければいい。
それは、かつてサキモリがいた世界には存在しなかった、あまりに非合理的で、美しい逆転の発想だった。
「……私の演算にはなかった選択肢です。ですが……」
サキモリは、自分を囲む三人の揺るぎない視線を受け止めた。
「……悪くない戦果が、期待できるかもしれません。アリサ殿、エレン。……ルミナ先生」
この日、アステリア大陸最強の男は「最強の個」であることを辞めた。
代わりに、世界で最も強固な結びつきを持つ「チーム」の心臓となったのだ。
(第百十二話:完)




