第百十話:原点にして頂点
第百十話:原点にして頂点
魔王ジャバウォックが光の塵となって消滅し、戦場に静寂が戻る。
サキモリの体内では、四百時間に及ぶ「狂気」の演算が終了を告げていた。
爆音を立てていた心臓の鼓動が急速に落ち着き、血管を焼き続けていた熱が引いていく。
赤黒く濁っていた眼光は光を失い、代わりにいつもの、少し眠たげな「人間の瞳」が戻る。
「……あ、が……」
リミッター解除の反動は、凄まじい疲労となって肉体を襲った。
全身の筋肉が断線したかのように力が抜け、膝が折れそうになる。
だが、サキモリは震える足に力を込め、泥の中に落ちていたボロボロの軍帽を拾い上げた。
彼はそれを深くかぶり直し、乱れた軍服の襟を整える。
血と泥に汚れ、もはや元が何色だったかも定かではない布切れだが、彼はそれを正しく「軍人」として纏い直した。
「サキモリ様!」 「おじさん!」
駆け寄るエレン、アリサ、ルミナ。
三人の顔には、恐怖を乗り越えた安堵と、言葉にできないほどの愛着が溢れていた。
サキモリはゆっくりと彼女たちに向き直り、かつての、物腰の柔らかい「おじさん」の微笑みを浮かべた。
「お待たせしました。……ご無事で何よりです。お怪我はありませんか?」
その声は、つい先ほどまで空間を震わせていた咆哮とは程遠い、穏やかなものだった。
サキモリは優しく手を差し伸べ、彼女たちの頭を順に撫でていく。
戦艦の装甲を砕き、魔王を物理的に解体したその手は、今はただ震える彼女たちを慈しむように、温かな体温を伝えていた。
その瞬間、張り詰めていた戦場の地獄が溶け落ちた。
彼女たちにとって、この無骨で優しい手の感触こそが、本当の意味での「日常」の帰還を告げる福音だった。
かつて人類が繁栄を謳歌した大陸アステリア。しかしこの数百年で勢力図は大きく変わる。
アステリア大陸において、人類は百数十年もの間、敗北の歴史を積み重ねてきた。
広大な大陸の八割を魔族に奪われ、数十の小国が百数十年、数千回という勇者召喚――成功の保証もない「博打」に縋り、そのたびに失望を繰り返してきた暗黒の時代。
だが、この日、歴史は決定的に塗り替えられた。
そこにいたのは、伝説に語られるような光り輝く勇者ではない。
神の加護を受けた聖者でもない。
ただ、平和な日常を守るために、徹底的に合理的な手段を選び、己の肉体さえも「構造」として管理しきった、一人の軍人であった。
一人の男の執念という名の「礎」の上に、百数十年ぶりに灯った反撃ののろし。
魔王国連合の1つ、ジャバウォック城の残骸に朝日が差し込み、荒野を照らし出す。
サキモリが守り抜いた三人の少女たちの瞳には、もはや絶望の影はない。
彼らが選ぶ次の道がどこへ続くのか、それはまだ誰にも分からない。
しかし、サキモリという「最強の男」が切り拓いたこの平穏の上に、新しい世界の種は、確実に芽吹き始めていた。
(第三幕:完)
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
気が付けば110話。
サキモリたちの旅も少しずつ広がり、多くの出会いと別れを積み重ねてきました。
毎日の更新を続けてこられたのは、読んでくださる皆さまのおかげです。
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これからもサキモリたちの旅を、のんびり見守っていただければ幸いです。




