第百六話:巨神と蟻の死線
第百六話:巨神と蟻の死線
鋼鉄の門が、紙細工のように内側へと弾け飛んだ。
爆煙を突き抜け、サキモリが踏み込んだ先――そこは、ジャバウォック城の心臓部「城主の間」だった。
「……矮小な人間が。ここまで辿り着いたことだけは褒めて遣わそう」
玉座から立ち上がったのは、山のごとき巨躯を誇る魔王、ジャバウォック。
その手には、自身の怪力に耐えうるよう特別に鋳造された魔法金属の巨大棍棒が握られていた。
太い柱のような武器が空気を切り裂くたび、城壁が振動し、床がひび割れる。
サキモリは言葉を発しない。
心拍数は依然として通常の三倍、全身から溢れ出す黒い蒸気が陽炎のように揺れている。
「死ね。虫ケラめが」
ジャバウォックが棍棒を振るう。
それは「リーチ」という名の暴力だった。十メートルを超える棍棒が、回避不能な打撃となってサキモリを襲う。
さらに、魔王の周囲からは無数の魔法雷撃が放たれ、逃げ場を完全に奪い去る。
だが、サキモリの選択は「回避」ではなかった。
「……計算、完了。致命傷のみを避ける。衝撃を利用し、最短距離で肉薄する」
ドガァァァァァァン!!
凄まじい破壊音。
棍棒の直撃を受けたサキモリの左肩が不自然に軋み、皮膚が裂けて血が噴き出す。
だが、サキモリはその衝撃を殺さなかった。
あえて「打たれる」ことで、棍棒が振り抜かれる際の凄まじい風圧とエネルギーを、自身の加速へと強引に変換したのだ。
激痛を燃料に変え、サキモリは最短の直線距離を弾丸のように突き進む。
「なっ……死を恐れぬかッ!」
驚愕するジャバウォック。
魔王は棍棒を引き戻そうとするが、サキモリはすでに懐、超至近距離――魔王の右脇腹へと肉薄していた。
「……リーチの差は、埋まった」
サキモリの全身のバネが、右拳の一点に凝縮される。
空手と柔術の極致、さらには時速百キロを超える移動慣性をすべて乗せた「正拳」。
ズガァァァァァァァン!!
サキモリの拳が、ジャバウォックの脇腹を捉えた。
四十ミリカノン砲の直撃にも勝る衝撃波が、魔法で強化された魔王の肋骨を「構造ごと」粉砕する。
ボキボキと嫌な音が響き、衝撃波が巨躯の内部を駆け巡った。
「が、はっ……ぁぁああ!!」
数トンはある魔王の巨躯が、たった一人の人間の拳によって、まるで紙屑のように真横へと吹き飛んだ。
制御を失った魔王の身体は、ジャバウォック城の分厚い魔法障壁と石造りの壁を、爆破されたかのように突き破る。
ドォォォォォォォォン!!
城壁に巨大な穴を開け、魔王はそのまま城の外――遥か下方の平原へと場外放逐された。
「…………」
サキモリは立ち止まらない。
砕けた左肩から立ち昇る蒸気が傷を無理やり繋ぎ合わせる。
彼は崩れた壁の縁に立つと、躊躇なく、魔王が落ちた暗雲立ち込める奈落の底へと自らもダイブした。
城内の静寂を置き去りにし、加速する重力の中で、サキモリの赤黒い眼光が標的を逃さず捉え続けていた。
(第百六話:完)




