第百一話:次元切り:上段
第百一話:次元切り:上段
南部戦線、アルタ王国。
かつてサキモリが「始まりの地」として愛したその国は、今やドラグナイトの放つ高次元魔法の光に焼かれ、崩壊の淵に立たされていた。
「……おじさん、嘘……だよね……?」
ルミナは炎の中で力なく呟く。
視界を埋め尽くすのは、空を埋め尽くすほどの魔法陣と、そこから降り注ぐ「理」を書き換える高次元の光。
ドラグナイトの障壁は絶対であり、この世界のいかなる攻撃も届かないはずだった。
だが、その絶望を切り裂いて、一人の「怪物」が戦場に降り立った。
ドォォォォォォォォン!!
「ア、ガ……。……待たせたな、ルミナ」
黒い霧を纏い、全身から命の燃えかすのような蒸気を噴き出す男。
サキモリだ。
彼は傍らに倒れた兵士が握り締めていた、一振りの標準的な鋼鉄の剣を無造作に拾い上げた。
それはどこにでもある、名もなき鍛冶屋が打った量産品に過ぎない。
「無駄だ。高次元の防壁を、そんななまくらで――」
ドラグナイトの嘲笑を、サキモリの「構え」が封殺した。
彼は剣を正しく上段に構える。
魔力など一滴も込めていない。
ただ、心拍数三倍、血圧三倍の状態から、さらに全身の筋力を一点に集中させる。
一般人の三十倍の筋力を、物理学的な「加速」と「重心移動」の極致へと流し込む。
「……一振りで、終わらせる」
サキモリが踏み込んだ。
大地がクレーター状に陥没し、衝撃波が周囲の炎を吹き飛ばす。
「次元切り――上段」
振り下ろされた一閃。
それは、あまりに速く、あまりに重かった。
鋼鉄の剣は、その異常な負荷に耐えきれず、振り抜かれる瞬間に分子レベルで崩壊し、消滅を開始する。
だが、その消滅と引き換えに放たれた「速度の極致」は、大気を、音を、そして「空間そのもの」を強引に断絶した。
パギィィィィィィィィィン!!
鏡が割れるような、物理的な破壊音が響き渡る。
ドラグナイトが誇る高次元魔法の障壁が、まるで薄いガラスのように粉砕された。
斬撃は止まらない。
一直線の振り抜きは、ドラグナイトの肉体を「概念ごと」真っ二つに分かち、そのまま背後の大地を割り、遥か彼方の水平線にある海さえも両断した。
「な……ば、な……物理、だと……っ!?」
ドラグナイトが絶叫と共に光の粒子となって消えていく。
後に残されたのは、サキモリが振り抜いた軌跡に沿って刻まれた、深さ数十メートルに及ぶ巨大な亀裂。
「……あ、あはは。すごい……めちゃくちゃだよ、おじさん……」
ルミナは呆然と、割れた空を見上げた。
そこには魔法の光など一つもない。
ただ、極限まで高められた「純粋な物理」が、世界の理を力ずくで書き換えた、圧倒的な勝利の跡だけが刻まれていた。
(第百一話:完)




