ファントム、依頼される17
二人がそう宣言して、1時間後。
セグレト閉店後、瀬尾のキーボード音と静かな英語が店内に響く中、灰島はノートパソコンの画面に向かっていた。画面には、『ライブカジノ』の専用ルームで、本物の美人ディーラーが妖艶な笑みを浮かべ、流暢な英語でゲームを進行させている。灰島はアバターではなく「クロウ」本人として、カメラ越しにテーブルについていた。
最初こそ負けていたが……。
「灰島さん、すごい……」
玲奈が思わず息をのむ。灰島のアカウントの前には、ありえないほどのチップの山が築かれていた。ゲームはブラックジャック。灰島は一言も発さず、ただ淡々と「ヒット(カードを引く)」と「ステイ(止める)」の指示を出すだけで、面白いように勝ちを重ねていた。
「……瀬尾さん。これ、どうなってるんですか?」
「俺にもさっぱり」
瀬尾はハッキングの手を休めず答える。
「こっちからAIに細工したり、イカサマの手助けなんぞ一切してないんだよね。パパが自力でやってるのよ」
「……違う」
それまで黙って灰島のプレイ画面を分析していたユキが、静かに呟いた。
「……灰島さんは、『覚えてる』」
「覚えてる?」
「ええ。ライブカジノのブラックジャックは通常、8デック(416枚)のカードを使う。ディーラーは半分くらいでシャッフルし直すけど……」
ユキは画面の隅に表示されているディーラーの手元のアップ映像を指差した。
「あのディーラー。彼女はAIの指示を受けているのか、シャッフルの手順が常に一定。完璧なリフルシャッフルを8回と、ストリッピング(縦にカットする動作)を3回。常に同じ」
「へぇ、よく見てるね」
感心する玲奈だが、瀬尾は「なるほどね」と自分のPCから目を離すことなく返す。その言葉を聞き、ユキは確信をもって続けた。
「……灰島さんは、そのシャッフルの『癖』と、この1時間でテーブルに出た全てのカードの順番(既出カード)を、完全に記憶し、計算してる。だから、次に何のカードが来るのかが、『確率』ではなく『確定』で見えてるのよ」
それは、AIの確率論すら凌駕する、人間離れした記憶力と計算能力。灰島の頭脳(CPU)そのものが、最強のイカサマだった。
カチリ、と灰島が最後のベットをクリックする。ディーラーがカードをめくる。灰島の圧勝だった。画面の向こう側、ディーラーの背後に控えていたキングらしき男の影が忌々しげに立ち去った。




