ファントム、依頼される10
閉店となり客もいなくなったセグレトに、下見を終えた灰島が戻ってきた。彼は横浜の潮の匂いがわずかに残るコートを脱ぎながら、瀬尾のモニターを覗き込む。
「現場の人間の『目』はどうだった、パパ?」
わざとそう尋ねる 瀬尾を、灰島は睨むが効き目はない。だから小さく息を吐いて、説明することにした。
「警備員は元軍人が最低でも8名。全員耳にインカム。AIの指示とは別に、独自の判断でも動いている。……だが、一番の厄介ごとはそこじゃない」
灰島はマスターから水を受け取ると、一気に飲み干した。
「キングのテーブルだ。奴は客とは直接勝負しない。常に専属のディーラーを間に挟んでいる。あのディーラーの目がAIの監視以上に厄介だ。奴はキングのイカサマの共犯者であり、金庫番でもある」
「……ほほう」
瀬尾は楽しそうにニヤリと笑うと、それまでの分析データを全てゴミ箱に捨てた。
「えっ、瀬尾さん!?」
玲奈が驚きの声を上げる。
「プランAは破棄だ。まどろっこしい。『公爵』だの『男爵』だの、AIのご機嫌を取ってる時間が惜しい。……なあ、パパ。あんた、カード捌き得意だろ?」
灰島の眉がピクリと動く。
「……得意ではない。少しかじった程度だ」
「謙遜すんなって。シルクさんの手ほどき受けたら、いいところまで行けんじゃね?」
「そんな簡単な話では──」
「OK、それで行こう」
瀬尾はキーボードを叩きながら、宣言した。
「作戦変更だ。灰島をディーラーとして送り込む」
「はあ!?」と素っ頓狂な声を上げたのは、灰島ではなく玲奈だった。むしろ、灰島はあきらめ顔でテーブルに頬杖をついた。
「有名なマジシャンとかじゃないとダメでしょ? そんな付け焼刃のディーラーを雇うとはとても思えないわ」
至極まっとうなユキのセリフに、それでも瀬尾はにやりと笑う。
「それは俺の仕事。今からこいつを有名マジシャンに作り上げる」
そう宣言すると、瀬尾は自分のPCに向かった。
「まず、ネットの深層に、一つの『噂』を流す」
瀬尾が高速でキーボードを叩きながら説明する。




