ファントム、依頼される7
彼らが数時間かけて向かったのは、日本有数の港町、横浜だった。QRコードが示す場所は、みなとみらい地区にそびえ立つ最高級ホテル「ザ・ベイコート・グランデ」の最上階にあるペントハウス。
灰島がスイートの重厚なドアベルを鳴らすと、数秒の間を置いて静かにドアが開いた。そこに立っていたのは、シルクハットこそ被っていないものの、優雅なシルクのガウンを身にまとったプロフェッサー・シルクこと、柳だった。彼は美しい黒檀の杖で、トンっと床をつく。
「やあ、いらっしゃい。少し時間がかかりすぎじゃないか、惣一くん」
部屋には芳醇な珈琲の香りが漂い、テーブルの上にはあの『月の涙』の麻袋が置かれていた。
「……相変わらず、悪戯がお好きですな、柳さん」
マスターは苦笑いした。
「君が素晴らしい『仲間』を見つけたと聞き、少し君たちの腕前を試させてもらった。結果は見ての通り、私の完敗だ。この豆は、嫉妬からくるいたずらだよ。勿論、私が飲んでいるコーヒーは」
「No.1のブルーマウンテン 。あなたの一番好きなコーヒーですね」
マスターがそう言うと、彼はかつてのステージでの華麗な姿からは想像もできないほどゆっくりと、静かにソファに腰を下ろした。
「ごらんの通り、もう足が思うように動かない。マジシャンの命とも言えるこの指も、最近は震えることさえあるんだ。……もう引退した、ただの年寄りさ」
彼は寂しそうに笑うと、目の前の彼らにもソファを勧めた。
「まずはこの豆はお返ししよう。さて、君たちはブランデーがいいかな? お嬢さんたちにはジュースを用意させよう」
柳はそう言うと、灰島たちの返事を聞くことも無く、インターフォンで全員の飲み物を用意させた。
「それで、私の仲間に何か御用でも?」
そう切り出すマスターに、柳は苦い笑みで答えた。
「本来なら、君と昔話でもしたいのだけどね……」
柳は、灰島を筆頭にそこに座る全員の顔をゆっくりと眺めた。
「みんないい目をしている。君はいい部下を育てた。羨ましい限りだ」
「違います。彼らは私の友人であり、そして孫娘です。部下など、私は持ったことありませんよ」
にこりと笑い、出されたブランデーに口をつける。
「そうか、友人か……。しかも孫娘とは、本当に羨ましい」
そして、一息つくと彼は静かに語り始めた。
「私にも、弟子がいたんだよ。優秀な男でね、才能だけは、誰よりも持っていた……」
彼は震える手で、杖を握りしめる。
「引退する際、私は、マジックの全てのタネが詰まった一冊の黒い手帳を彼に譲り、『夢』を託した。……しかし、彼は道を誤ってしまったんだ」
柳の声は怒りに震え始める。
「このホテルの地下二階、表向きはワインセラーとなっているが、ただの違法カジノだ。そこで彼は『キング』と名乗り、私の技術をただのイカサマに使い、大勢の人をだましているようなんだ。彼はマジックを汚し、私の誇りを踏みにじったんだ!」
悔しそうに顔をゆがめる彼に、マスターが「柳さん……」と声をかける。
「……今の私では、もう彼を止めることはできない。だから、君の素晴らしい『仲間』たちに頼みたい。私の最後の『マジック』として、彼からあの手帳を取り返し、目を覚させてやってはくれんか」
そんな依頼に、マスターは静かに周りを見た。灰島を筆頭に、瀬尾、ユキ、玲奈……、彼らの目に拒絶の色はない。
「えぇ、私にできることならやってみましょう」
マスターの一言に、玲奈はグッとこぶしを握り、ユキは小さく微笑み、瀬尾は「やれやれ」とブランデーを一気飲み。そして灰島は、すでに何かを考えているようだった。




