ファントム、依頼される6
灰島が指差したのは、瀬尾が再生していた監視カメラの映像。店内の防犯カメラだが、カウンターにそこにいた客が集まって、マスターがこれから披露するものを見守っている。マスターの手元は、その客の陰でほとんど見えない。そこを瀬尾は拡大して映した。
「……マスターが常連客に豆の袋を見せびらかしている。柳さんもその場にいるな」
瀬尾が映像をコマ送りで再生していく。
「……あっ」と、玲奈が小さな声を上げた。
映像の中の柳が咳き込み、手にしていたハンカチを床に落とした。その場にいた全員の視線が、マスターも含め、一斉に床のハンカチに吸い寄せられる。完璧なミスディレクション(視線誘導)だった。
そのコンマ数秒の間、柳のもう片方の手が、まるで水が流れるようにカウンターの上を滑った。コートの袖から現れた偽物の袋がカウンターに置かれ、本物の袋は袖の中へと消える。それは瞬きすら許されない神業であり、芸術の域に達したスライハンド(手練手管)であった。
マスターがハンカチを拾い、柳に手渡す。そして、何も知らずにカウンターの上の「偽物」を手に取り、保管庫へと向かっていく。 この完璧な犯行に、瀬尾は感嘆のため息を漏らした。
「なかなか大胆なマジシャンだな」
瀬尾がそう言うと、モニターの中の柳が、一瞬カメラを見てにやっと笑う。
「しかも、バレることまで織り込み済みってわけね」
「……でも、なぜ彼がこんなことを?」
マスターが呟いた時、ユキが「待って」と声を上げた。
「このカード、白紙じゃないわ。紫外線ライトで照らすと文字が……!」
瀬尾が慌てて紫外線ライトを、カードに当てる。 するとそこには美しい筆記体でこう書かれていた。
『惣一くんへ。一杯の珈琲を賭けて勝負をしよう。君の新しい仲間たちの腕前を見せてほしものだ』
「……なるほどな」
灰島が静かに呟いた。
「ちなみに」と、ユキが補足する。
「彼の指紋が北朝鮮のデータベースにあった理由だけど、1970年代に一度だけ、かの国の祝賀会にマジシャンとして招待された記録があるわ。どうやら、かなりの有名人みたいね、マスターのお友達は」
その言葉に、マスターは呆れながらも、どこか嬉しそうに笑うのだった。
「で、これは挑戦状というわけだ」
瀬尾がカードをヒラヒラさせながらそう言えば、玲奈が「でもこれだけじゃ、柳さんがどこにいるか……」と誰もが持つ疑問を口にした、その時だった。
「……違う」
ユキが瀬尾の手を止め、カードをじっと見つめながら言った。
「このカードの、本当のメッセージは、この文字じゃない」
彼女は、瀬尾からカードを奪い、照明の光と並行になるようにかざした。
「ほら、小さな影がある。このカード、変な凹凸があるわ」
ユキにそう指摘され、瀬尾は「ちょっと見せて」と同じようにカードの表面をじっと見た。
そして、「なるほどね」と呟いたかと思うと、今度は自分のスマホでそのカードを撮影する。
「なんちゃってだけどね、これ3Dスキャナー機能備えてんのよ」
そういうと、すぐさまデータをPCに移し、カードの表面を再現させた。
「これって……」
それは誰もが見たことのある、模様。
「そう、QRコード、なかなか手の込んだ招待カードだな」
そのQRコードを読み込むと、都内の高級ホテルを示す地図が出てきた。
「行きますか?」
灰島の問いに、マスターは「行きましょう」とエプロンを外した。




