ファントム、依頼される4
「あ、帰ってきた! 遅いですよ!」
ようやく、二人がセグレトに戻ってきたのは、閉店時間から1時間ほど過ぎた頃だった。
「何してたの? 遅かったわね」
ユキの質問に、瀬尾が「うーん、罰ゲーム?」などと意味の分からないことを言う。
「ま、簡単に言うと長官のお怒りをかって、居残りさせられたってところかな?」
「納得はしてないがな」
珍しく人間らしい不満を漏らす姿に、玲奈とユキは顔を見合わせてくすりと笑った。そんな二人を、マスターは慈愛に満ちた笑みで迎える。
「……お疲れ様でした。さあ、最高の一杯を淹れましょう。今日のあなた方には、それが必要です」
マスターは、店の奥にある特別な保管庫へと向かう。そこは温度と湿度が完璧に管理された金庫のような場所だ。全員が固唾を飲んでその瞬間を待っていた。疲労困憊の灰島と瀬尾にとって、三万円のコーヒーは最高の癒やしになるはずだった。
大切にそれを取り出し両手に持つと、マスターの動きが止まった。
「マスター?」
保管庫から戻ってきたマスターの顔から、血の気が引いていた。 その手には、あの麻袋があるのに。
「……違う、これは『月の涙』じゃない!」
「え? どういう……?」
意味の分からずそう聞き返す玲奈だが、マスターは手に持った麻袋をカウンターに置き、袋を開けた。勿論、中からはコーヒー豆が出てくる。
「あるじゃん。おじいちゃん、ボケた?」
「ボケてません! これは普通のブルーマウンテンです! 『月の涙』じゃない!!」
マスターにそう言われて、灰島はテーブルに広がったコーヒー豆を一粒手にし、鼻先に持っていった。
「確かに……」
悪くはないが、『月の涙』からすればただのブルーマウンテンとしか言いようがない。
「……って、これって盗難事件!?」
玲奈の叫び声に、喫茶セグレトの空気が一気にざわつく。
「そ、そうよね? 盗まれたのよね? マスターがボケてなかったら」
ユキの唖然としながらのセリフに「ボケてません!」とマスターも返す。
「私は確かにこの麻袋に入っていた『月の涙』を保管庫に入れたんです! 鍵だってちゃんとかかってました!」
「となると……、これは本当に盗難ってことになるね。しかも、俺たちの目の前で盗まれたってことになる」
コクチョウのエージェント二人に、元忍者とその孫娘、さらにはセキュリティソフトに愛された少女までいる、このセグレトから盗まれたのだ。
なんと大胆な犯行なのだろうか?
「まずはその豆を分析しましょう。うちの豆なのか? それとも外から持ち込んだものなのか?」
冷静にそう指示する灰島に、珍しくテンパっていたマスターが「そ、そうですね!」とようやく思考を動かした。
麻袋から全ての豆を出すと、一緒に出てきたのは一枚のカード。
「白紙? いや、紙じゃなくてプラスチック? 質感がトランプみたいだな」
瀬尾の言う通り、これにスペードやハートのマークがあれば、まさにトランプそのものだ。
「犯行カードって訳じゃないのね」
「怪盗キッドみたい……」という、玲奈のつぶやきには誰もがスルーした。
「ふむ、この豆はうちで仕入れたものではありませんね。上等なブルーマウンテンではありますが」
マスターがそう言うのであれば、間違いはないだろう。
「そんじゃ、まずは犯行時刻から特定しますか!」
まるで、『仕事でもやるか』なんてノリの瀬尾に、「そうね、カードから指紋取るわ」と、ユキ。
「店内の監視カメラと、周りの監視カメラもチェックしましょうかね。玲奈ちゃん、手伝ってくれる?」
瀬尾がそう聞けば、「もちろん!」と気合たっぷりに返事がくる。
「それでは、我々はコーヒーでも淹れましょうか」
マスターにそう言われ、灰島も「そうですね」とエプロンを手にした。




