ファントム、謎解きをする1
文化祭での騒動から数日後。
深夜のセグレトに、普段では考えられない面々が集まっていた。『準備中』の札がかかってある店内には、マスターと、傷の癒えない灰島。テーブル席には、瀬尾、ユキ、玲奈が座っていた。さらに、憔悴しきった三枝先生。
「あの、本当にありがとうございました。私一人ではきっと失敗していたでしょう」
深々と頭を下げる三枝に、「まぁまぁ」と瀬尾が顔を上げるように促す。
「にしても、あんな早い段階から入れ替わってるとは俺も知らなかったけどね」
そう言いながら、瀬尾は灰島の顔を見た。
「……前日の電話で、すでに情緒不安定だったしな。それなら最初から入れ替わった方が安全と判断しただけだ」
「最初って、文化祭の朝から?」と聞く玲奈に、灰島は首を振る。
「前日からだ。アルケナの電話もまともに受けることが難しいと判断した」
あまりにも用意周到な灰島の計画に、ユキも「嘘……」と小さく呟いた。
「それで、MI6には協力したのでしょう?」
マスターの質問に三枝も「はい」と頷く。
「私の知っていることはすべて渡しました。なので、何故ここに呼ばれたのか……」
そこまで口にしたとき、セグレトのドアが開き、カランとなった。
「お待たせ。みんな集まってるかしら?」
こうして、MI6のセレスティーナという招かれざる客もセグレトに集結した。
「ふふ、傷はどんな感じかしら? できれば私が治療してあげたかったわ。今からでも“手当て”してあげましょうか?」
ハイヒールの音を鳴らし、まっすぐに近づいていくのは灰島のところ。
「……断る」
「つれないのね。そのすこし腫れた頬に、齧りついちゃいたいくらい」
真っ赤なネイルが灰島の頬をなぞる。だがその手は、無言で払われた。
「喰われる趣味はない」
「まあ、残念。私は“噛みごたえ”のある男が好きなのに」
カウンターの奥で、マスターがコーヒーを注ぎながら小さく咳払いする。
ユキがぼそりと呟いた。
「……この人、いつもこんな調子なの?」
瀬尾が苦笑しながら答える。
「いや、今日はまだ控えめな方だな」
玲奈はカップをくるくる回しながら、「……灰島さん、モテるんですね」とだけ言った。
セレスティーナは満足げに微笑み、灰島の横顔をじっと見つめる。
「ふふ……でも、そういうところがまた、たまらないのよね。“牙を剥かない獣”って、いちばん危険だもの」
「……黙ってろ」
「ふふ、黙ってたら謎は解けないわ。仕方ないから始めましょうか」
テーブルの中央には、今回の事件の原因となった三つのアイテムが静かに置かれていた。
アルケナのアジトから、MI6が回収した『絵画』。
灰島たちが守り抜いた『ロスチャイルド・フレーム』。
そして、三枝先生の記憶の中にだけ存在する『詩篇』
「謎が解けるまで協力してもらうわよ?」
にこりと笑うセレスティーナに、瀬尾が「ちょっと待て」と進行を止めた。
「MI6で解明したんじゃないの? 所詮、戦前の暗号なんだから簡単でしょ?」
そう問い詰める瀬尾だが、セレスティーナは渋い顔をして両肩を上下させた。
「出来たらここに来てないわ。高度な暗号とかアナグラムなら簡単に解読できるのだけど、これはどこか違うのよ。だから、あなたたちならもう何か掴んでるかと思って」
セレスティーナの言葉に、セグレトの面々はお互いの顔を見るが、誰も言えることは何もない。




