ファントム、協力する8
人がいなくなり、二人の男が美術室の隣にある準備室から姿を現した。
「簡単すぎだな」
「気を抜くな。さっさと終わらせるから念のため見張っとけ」
そう言った男が、ビジネスバッグから特殊な吸盤とワイヤーソーを取り出した。もう一人が周囲を警戒する中、男は吸盤をガラスケースに固定し、ワイヤーソーを巧みに操り、音もなく蝶番のロック部分だけを精密に切断していく。ガラスを叩き割るような荒っぽい真似はせず、冷静かつ正確な作業だった。
わずか十数秒後、ガラス扉が音もなく開く。男は中の「名もなき貴族」を手際良く取り出すと、もう一人が広げた大きめのトートバッグへと滑り込ませた。
「……行くぞ」
「ああ」
こうして彼らは堂々と美術室から出ていき、まだ避難を完了していない人に紛れて学園を後にした。
学校の裏通りに停めてある黒いバンの中で」、アルケナの幹部である「声」の男、コードネーム『ヴァルチャー』は、部下の帰りを静かに待っていた。やがて、客を装っていた実行犯の二人が戻り、彼にトートバッグを差し出す。
「ご苦労」
ヴァルチャーはバッグを受け取ると、中から絵画を取り出した。絵は本物だ。間違いない。彼は満足げに頷くと、次にその「額縁」へと視線を移した。
「……?」
彼はわずかに眉をひそめる。手袋をはめた指でそっと額縁の金箔部分に触れ、懐から取り出した小型のルーペでその表面を検分した。
「……この木目……。そして、この金箔の輝き……」
彼の指先が額縁のほんの一片をなぞる。その質感は、何百年も時を経た木材のものではない。あまりにも軽く、あまりにも均一すぎる。
ポケットから取り出した小さなカッターナイフの先端で、額縁の裏側の目立たない部分をカリ、とほんの少しだけ削る。金色の塗料の下から現れたのは、古びた木の色ではなかった。鈍く光るプラスチックの光沢。
「……樹脂……だと?」
ヴァルチャーの呟きは誰にも聞こえなかった。彼の顔から全ての表情が消える。そして次の瞬間、彼は静かに、しかし心の底から愉快そうに笑い始めた。
「……は、はは……。やられた、な。あの教師に……! ただの鼠がこの俺を出し抜いたつもりか……!」
声は笑っていたが、その目は決して笑っていなかった。




