ファントム、協力する7
火災警報が鳴る少し前、文化祭のメンテナンス業者を装った二人の男が、化学実験室で静かに作業を進めていた。彼らの動きに一切の無駄はなく、まさにプロの仕事ぶりだった。
一人はガスの元栓に小型の時限発火装置を取り付け、もう一人は換気ダクトに大量の煙を出す発煙筒を仕込んだ。
「タイマーは90秒後に発火、及び発煙するようセットした」
「よし、撤収するぞ。ターゲットは美術室の『本物』だ。混乱に乗じて回収しろ」
「しかしだるいな。なんでこんな手間かけてんだ? リーダーからは何か?」
「『余計な殺しはするな』。だそうだ」
「今更改心かよ」
そういって笑う男に、もう一人も「知るか」と返すと、二人は化学実験室を後にした。これまでの仕事に比べて、なんとも生ぬるい仕事だ。
「待機するぞ」
二人は非常階段を上がり、目的の美術室を目指した。
ジリリリリリリリリリリリッ!!
けたたましいベルの音と遠くからの悲鳴が響き渡り、窓の外には下の階から黒煙が立ち上っていた。美術室に残っていた数人の生徒がパニックに陥る中、佐々木は出口とは反対方向に走っていた。
「先生! これ! これ、持って逃げないと!」
彼がそう叫んで手にしようとしたのは、自身が模写した作品の『本物』。ガラスケースに収められ、簡単には取り出せない。 だから顧問の三枝に声をかけたが、佐々木がガラスケースに触れようとしたとき、その手は三枝に捕まった。
「佐々木くん! それはいいから、とにかく避難だ!」
「で、でも、先生! これは先生にとって大切な作品なんですよね!? ちゃんと持って避難すれば……!」
「絵と君の命、どちらが大事かなんて、説教するのも恥ずかしいから」
「……先生」
三枝は佐々木をそう諭し、「さあ、急いで」と一緒に避難を始めた。
美術室から出るとき、三枝は少しだけ振り返った。ガラスケースに飾られた『名もなき貴族』。
彼はそれを一瞥すると、そのまま廊下に出た。
3階の美術室、書道室、音楽室から大勢の人間が廊下になだれ込んでくる。
「押すなよ!」
「ちょっと、足踏まないで!!」
階段は2箇所あるがそのどちらも混雑している。
バンッ!!
そばにあった書類の束で、三枝が思いっきりドアを叩いた。突然の大きな音に、一瞬の静寂が生まれる。
「みんな! 落ち着きなさい! 廊下に並んで、大丈夫だから左右の階段から降りるように二手に分かれるんだ!」
三枝の声が廊下に響き渡る。
「各部の部長、いるね? 君たちが誘導するんだ。他の生徒はその誘導に従うように!」
ともすれば、階段で将棋倒しになってもおかしくなかったが、それを回避できそうな状況に、三枝は「ふぅ」と息を吐き出した。




