ファントム、協力する1
共同戦線が結ばれてから、文化祭当日までの数日間。
「セレス先生、これをネイティブな感じで返すとしたらなんて言えばいい?」
「そうねぇ。“Thank you for your help”でもいいけれど、それよりも“I owe you one.”(借りができたわね)なんてどうかしら?」
「え! なんか、かっこいい!」
セレスティーナは英語教師として、何食わぬ顔で学園に溶け込んでいた。だから、彼女がどこにいても気にするものは誰もいない。
「そういえば、三枝先生はヨーロッパに住んでたこともあるって聞きましたわ」
「え!? あ、えぇ……、留学で、少し……」
だから、美術教師の三枝と話していても、気に留めるものはいない。セレスティーナは、こうして三枝の立ち寄りそうな場所という場所に、瀬尾が用意した小型カメラをセットしていった。
「感度良好。余ったらマダムの部屋にもひとつ──」
「無駄口叩いてたら、尻尾を引き抜くわよ? doggy」
セグレトの2階でカメラチェックをする瀬尾は、その声に「おー、怖っ」と亀のように首をすくめた。
美術室には西日が差し込み、穏やかな時間が流れていた。 他の生徒たちが慌ただしく校内を走り回る中で、この場所だけが別世界のように静かだった。
佐々木は一心不乱に『名もなき貴族』の模写を続けていた。その瞳は、もはやただの絵画ではなく、歴史の奥底に眠る何かを手繰り寄せようとする探求者のそれだった。
「すごく、集中してるのね」
「……え? あ、うん。先生に言われちゃって」と、佐々木は手を止めて、照れるように笑った。
「なんて、言われたの?」
「……上手に見せようとしてはダメだ。この絵を模写するということは、この絵の不完全さも再現しないといけない。この絵よりいいものを描いてもダメ、この絵より下手になってもダメ。ただ、忠実にこの絵を再現しなさいって」
あまりにも奇妙な指示。 ユキはその言葉の意味を考えてみた。 けれど、どう考えてもそれは芸術の指導とは思えない。
まるで、寸分違わぬ複製品──レプリカを製造するための技術指導。 まるで偽造の手引きのようだった。
「……完璧な複製品を作れ、ということね」
ユキが静かにそう言うと佐々木は「うん、そうなんだ!」と、少し嬉しそうに頷いた。 「すごく、難しいんだけどね。けど、これはこれで楽しいよ。どんな気持ちで描いたんだろう? とか、誰がなんのために頼んだのかな? でも、一番謎は──、どうしてこんな立派な額に入れたんだろうってことだよね」
彼の言葉にユキはギクッとした。彼は、なにか勘付いたのだろうか?
そう考えを巡らせるユキの前で、彼は悪戯っぽく笑った。
「そうだ。神崎さんにはまだ見せてなかったかな。俺のもう一つの最高傑作」
彼はそう言うと、美術室の隅に布を被せて置かれていた、大きな木枠のオブジェへとユキを手招きした。 そしてその布を、ゆっくりと取り払う。
「――実は、額縁まで作ったんだ」
そこに現れたのは、あの『ロスチャイルド・フレーム』と瓜二つの彫刻が施された、木製の額縁だった。 まだ、塗装はされていない。だが複雑で緻密な幾何学模様や、紋様の一つ一つが、完璧に再現されている。 それはもはや、学生の文化祭の出し物のレベルを、遥かに超えている。 プロの職人による完璧な「仕事」とも思えるような出来だった。
「先生が、美術室の3Dプリンターと、レーザー彫刻機を自由に使っていいって言ってくれてさ。設計データを作るのが大変だったけど、なんとか形になったんだ。すごいだろ?」
佐々木は自分の作品を、誇らしげに見つめている。
しかし、ユキはその完璧な「複製品」を目の前にして、戦慄していた。




