ファントム、見守る16
「え? ってことは、三枝先生の家にはたくさんの美術品があるってこと?」
玲奈の発言をすぐに訂正したのは、他でもない瀬尾だった。
「いや、それはない。あのセンセの資産を全て調べたが、美術品を隠せるような不動産は持っていない。今住んでいるのも普通のマンションだ。グルリットのように、膨大な美術品を持っているとは思えない。それでも外交官である祖父が、この額を手に入れたのは間違いないはず……」
額だけであれば、MI6が狙う必要なんて無いはずだ。
「……額に、何か仕掛けがあるのか? 例えば、彼の祖父が持ち込んだ美術品のありかを記してる地図、とか……?」
灰島が小さくそう呟くと、セレスティーナは組んでいた両腕をほどき手をたたいた。
「正解よ。ナチスは同盟国である日本にも、略奪した美術品を持ち込んでいると考えるのが普通だと思わない? そして、その場所を示す額が蘇ったとなれば、MI6も動くと思わない?」
確かにその通りだが、それでも腑に落ちない。
「……なら、何故すぐに奪わない? その程度簡単に出来るだろう?」
灰島の指摘に、セレスティーナも「その通りよ」と肯定した。
「その地図は不完全なのよ。……いいえ、『封印』されている、と言った方が正しいかしら」
「封印?」
「ええ、三枝の祖父は罪の意識と恐怖に苛まれ、そのありかを誰にも渡さぬよう、最後の細工を施した、と考えるのが普通ね。あの額縁の暗号を解くには、もう一つ、対となる『鍵』が必要なのよ」
彼女の言葉を頭の中で整理し、灰島は口を開いた。
「その『鍵』を持っている人物、もしくは組織が三枝にコンタクトを取っている、ということか?」
灰島の的確な推理に、セレスティーナはサファイアの瞳を満足そうに細めた。
「ええ、その通りよ。ご名答」
彼女はアインシュペナーの最後の一口を、ゆっくりと味わうとグラスをカウンターに置いた。 カツン、とグラスとテーブルが奏でる硬質な音が静かな店内に響く。
「国際芸術シンジケート『アルケナ』。彼らがその『鍵』を持っているわ」
「アルケナ……!」
瀬尾が忌々しそうにその名を呟く。美術品を隠れ蓑にした、テロリストの資金調達組織。彼らのブラックリストの最上位にいる、宿敵の一つだ。
「アルケナは、最近ついに対となる『鍵』、つまり元々、あの額縁に収められていた一枚の絵画を手に入れたのよ。だから彼らは最後のピースを埋めるため、三枝先生の持つ『地図』を奪いに来た」
「……待て」
灰島がその説明の矛盾を突いた。
「アルケナがすでに『鍵』を持っているなら、三枝を脅す必要はない。力づくで額縁を奪えば、それで済む話だ」
「ええ、普通ならそうね」
セレスティーナは灰島の意見に同意した。
「でも、彼らにも一つだけ誤算があった」
彼女は、店の奥にいるユキと玲奈がいる方へ、ちらりと視線を送る。
「AEGISのキー、何か解読できたかしら?」
挑発的な彼女の発言だが、ユキは素直に首を振った。
「何か書かれてる、程度であれが暗号の類だなんて今の今まで思いもしなかったわ」
予想通りの解答だったのだろう。セレスティーナは表情を変えることなく、両肩をすくめるだけで、話をつづけた。
「まぁ、仕方ないわ。あの額縁の暗号は複雑で緻密。三枝の祖父が、施した『封印』は、並大抵のものではなかったのよ。アルケナの世界最高の専門家たちをもってしても、その『鍵』である絵画だけでは、暗号を解読できなかった。そして額があってもできないと判断したってことね」
「……どういうことだ?」
「ヒントは、これがユダヤ人の美術品だったってこと。絵と額、そしてもう必要なものがある。それは、きっと目に見える形ではない」
セレスティーナは静かに告げた。




