ファントム、見守る14
セレスティーナは何も語らず、二層のコントラストが織りなす完璧な光景を数秒間見つめていた。やがてグラスを手に取り、真紅の唇でクリームとエスプレッソを同時に味わう。その瞬間、サファイアの瞳が驚きにわずかに見開かれた。
苦味、酸味、コク、そしてクリームの甘さと滑らかさ。それらすべてが完璧なバランスで主張し合い、溶け合っていく。これまでの人生で味わったどの飲み物よりも、それは完璧な一杯だった。
「……ええ。素晴らしいわ。噂以上ね、ファントム」
素直な感想に、灰島も軽く頭を下げる。普通の喫茶店での、ちょっとした一コマ。けれど、コーヒーを淹れたのは普通の店員ではないし、カウンターに座る客も普通ではない。
「で、今日はどうしてここに? 俺たちを殺しに、ってわけではなさそうですけど」
だから、場違いな質問をする瀬尾に、セレスティーナは目を細める。
「私を裏切ってなお、その命があることに感謝すべきね、クラブ」
どこまでも冷たい視線を、瀬尾は肩をすくめてひらりとかわした。
「やだなあ、人聞きの悪い。あれは、不可抗力ってやつですよ。俺は裏切ってないし、ちゃーんと任務を遂行しただけ──」
「そんなことはどうでもいい」
二人の会話を、灰島が断ち切る。
「何故ここに来た? 何が目的だ?」
彼の質問に、セレスティーナは口の端を上げる。
「そうね、このアインシュペナーのお礼に教えてあげてもいいわね」
そう言いながら、セレスティーナはもう一口、グラスに口をつけた。
「とりあえず、そこのAEGISの鍵には興味はないわ」
その発言に、ユキはビクッと肩を震わせた。
「というか、彼女はすでに鍵ですらない。もう価値がないわ」
価値がない、と言われてホッとするなんておかしな話だが、ユキにとっては彼女から聞くこのセリフは安心材料でしかなかった。
「とはいえ、AEGISがすぐに使い物にならないわけじゃない。寧ろ、今でも最高のセキュリティよ。でも、進化を止めたプログラムはいずれ廃れていく。それでも、半年は持つとうちのシンクタンクは判断した。その間に新たなセキュリティプログラムを開発する、なんて言ってたけど、出来るかどうかは疑問ね」
その言葉に、一番救われたのはユキだっただろう。MI6がユキを諦めたのだ。他の同様の機関も、もう彼女を追い求めることはないと判断されたに等しい。
「それに、私、あの一件で第一線を外されたの」
セレスティーナは、そう言って面白くなさそうに笑った。
「今回のミッションは、とある学園にある絵を奪取すること」
だから、ユキのいる学園にやってきたのだ。
「あの絵が、いや、あの額がナチスの略奪美術品だからか?」
灰島がそう聞くと、セレスティーナはにこりと笑った。
「さすがね、そこまで知ってるなんて。それを知っててAEGISの鍵をあの学園に通わせたの?」
「それは偶然だ。そもそも、つい先日まで、あの額の存在も価値も意味も知らなかった」
灰島のあまりにも素直な答えに、セレスティーナは彼の目をじっと見つめ、それが偽りではないことを確信した。
「そう……なら、あなたたちは、本当の『幸運』か、あるいは、とんでもない『不運』を引き当てたってことね」
彼女は意味深な笑みを浮かべると、極上のアインシュペンナーをもう一口味わった。
「……『不運』? それはどういう意味だ」
灰島の問いに、「あなたたちの認識は甘いわね」と、セレスティーナは、サファイアの瞳を細めた。




