ファントム、見守る12
喫茶店「セグレト」の扉には、「本日、都合により休業」の札が掛けられていた。 まだ、陽も高い午後だというのに。
ユキは顔面蒼白のまま俯き、玲奈は心配そうに彼女の肩をさする。それを見ながら、灰島は腕を組み思案し、その向かいで瀬尾はイライラしながらラップトップをパタンと閉じた。
「なんでMI6が、日本の学校に潜り込んでんだよ! あり得ないにも程があるだろう!?」
そう叫んだところで、答えを持っている者は誰もいない。
「目的はユキちゃんか?」
瀬尾の言葉に、ユキがびくっと体を震わせる。
「それとも、あの額縁か!? いや、価値があるとしてもどこまで行ってもただの美術品だ。あいつらが欲しがるような理由が見当たらねえよ!」
彼の言う通りで、美術品の一つや二つで動くような組織ではないはずだ。
「なんにしても、ここでこうしていたら、すぐに包囲される。すぐに逃げるべきだ」
そう提案する瀬尾の意見は、間違ってはいない。恐らく、一番ベストな行動と言えるだろう。
「……いや、迎え撃つ」
けれど、灰島はそう答えた。
「はぁ!? お前正気か!? 前回は奴らを出し抜けたからって今回もそうだとは限らない! むしろ、正面からやりあって勝てる確率はゼロだぞ!?」
まさに正論だ。それでも灰島は首を振る。
「それでは、ユキの日常は二度と戻らん」
それでは、AEGISの呪縛を解いた意味がない。しかも、このセグレトのマスターや玲奈まで巻き込んでしまうことになってしまう。
「今のところ、セレスティーナ一人だ。しかも美術品がターゲットなら、エージェントの数も少数と考えるのが妥当だろう。なら、フィールドの利はこちらにある。ここで迎え撃つのが──」
「二人とも、落ち着きなさい」
ことりと、二人の前にコーヒーカップが置かれた。ふわりと香ばしい香りが辺りを支配する。
「逃げるか、戦うか――それしか選択肢はないのですか?」
マスターの静かな問いは、熱くなっていた灰島と瀬尾の頭を冷やすには十分すぎた。 二人とも何も言い返せない。 ユキの日常を守るということ。その一点において、彼らの目的は同じなのだから。
──灰島の方がコンマ数秒、早かったかもしれない。
彼の指が、カウンターの裏側にマグネットで固定されていた、特殊ポリマー製のガンホルスターから、音もなく相棒を引き抜く。 現れたのは小型のSIG SAUER P365。
――瀬尾もまた、動いていた。
彼の指は、素早くラップトップを開きキーボードの上に。特定のキーで、この店のセキュリティを一斉起動できるようにしている。 そして、彼のもう片方の手はテーブルの下。ジーンズの、ウエストバンドに差し込んでいた、同じくサプレッサーが装着されたH&K P7M8のグリップを、静かに握りしめていた。
二人とも表情は変えない。呼吸のリズムすら乱さない。 ただ、店の空気が変わった。それを玲奈もユキも感じ、彼女たちの視線も自然と店の入口に向く。
そして、そのドアが開き『チリーン』とドアベルが鳴った。




